多嚢胞性卵巣症候群(PCOS:Polycystic Ovary Syndrome)は、世界中の女性に広く影響を及ぼしている内分泌疾患であり、特に生殖年齢の女性においてよく見られます。この疾患は、その名の通り、卵巣に多数の小さな嚢胞(未成熟な卵胞)が形成されることが特徴ですが、それにとどまらず、排卵異常、ホルモンバランスの乱れ、代謝障害など多岐にわたる問題を引き起こすことが知られています。本記事では、PCOSの定義、原因、症状、診断基準、治療法、合併症、予後、そして生活習慣の改善まで、科学的な根拠と臨床研究に基づき詳細に解説していきます。
定義と病態生理
多嚢胞性卵巣症候群は、卵巣機能不全、アンドロゲン(男性ホルモン)過剰、そして卵巣における多数の小嚢胞の存在を特徴とする疾患です。PCOSは、単なる卵巣の問題ではなく、全身的なホルモン異常および代謝異常と密接に関連しており、長期的には2型糖尿病、不妊症、心血管疾患、子宮内膜がんなどのリスク因子にもなります。
原因と発症メカニズム
PCOSの原因は完全には解明されていませんが、以下のような因子が発症に関与していると考えられています。
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遺伝的要因:家族歴がある女性は、PCOSを発症するリスクが高くなる傾向にあります。
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インスリン抵抗性:インスリンの作用が効きにくくなることで、高インスリン血症を引き起こし、アンドロゲンの分泌が増加します。
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ホルモン異常:アンドロゲン(テストステロンなど)の過剰分泌により、排卵が阻害されます。
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慢性炎症:PCOS患者には低度の慢性炎症が認められ、それがアンドロゲン産生を促進するとされています。
主な症状
PCOSは多彩な症状を呈するため、診断には時間がかかることもあります。代表的な症状は以下の通りです。
| 症状 | 説明 |
|---|---|
| 月経不順 | 無月経または稀発月経(周期が35日以上など) |
| 多毛症 | 顔、胸、背中など男性型の体毛が増加 |
| にきび | 思春期以降にも治まらない持続的なにきび |
| 肥満・特に腹部肥満 | インスリン抵抗性と関連 |
| 不妊症 | 排卵障害により妊娠が困難になる |
| 抜け毛 | 男性型脱毛症(頭頂部中心の薄毛) |
診断基準
世界的に広く使用されている診断基準には、**ロッテルダム基準(2003年)**があります。この基準では、以下の3項目のうち2項目以上が当てはまる場合にPCOSと診断されます。
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稀発月経または無月経(排卵障害)
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血中アンドロゲン高値またはアンドロゲン過剰症状(多毛症など)
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卵巣における多嚢胞(超音波検査で卵巣の周辺に12個以上の小嚢胞、または卵巣の容積が10cm³以上)
合併症と長期的リスク
PCOSは単なる生殖器疾患ではなく、以下のような長期的な健康リスクを伴います。
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2型糖尿病:インスリン抵抗性のため糖代謝異常をきたしやすい。
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高血圧・高脂血症:心血管疾患のリスクが上昇。
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脂肪肝:特に肥満を伴うPCOSでは非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)のリスクが高い。
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子宮内膜がん:無排卵によるエストロゲンの持続刺激が原因。
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うつ病・不安障害:見た目や不妊症による心理的ストレス。
治療法
治療は患者の症状やライフステージに応じて個別に設計されます。主に以下のアプローチが取られます。
1. ライフスタイルの改善
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減量:体重の5〜10%の減少で排卵が再開されることがあります。
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バランスの取れた食事:低GI食品、糖質制限、良質なたんぱく質摂取。
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定期的な運動:インスリン感受性を改善し、体重減少にも貢献。
2. 薬物療法
| 治療薬 | 目的 |
|---|---|
| クロミフェン | 排卵誘発(妊娠希望の場合) |
| メトホルミン | インスリン抵抗性の改善 |
| 経口避妊薬 | 月経周期の調整、アンドロゲンの抑制 |
| スピロノラクトン | 多毛症やにきびの改善 |
| レトロゾール | 新たな第一選択の排卵誘発剤として注目されている |
3. 外科的治療
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卵巣多孔術(レーザードリリング):排卵誘発のために、卵巣に小さな穴を開ける手術。薬剤抵抗性の排卵障害に対して行われます。
食事と栄養管理
PCOSの管理において、食事療法は極めて重要です。血糖値の急激な上昇を防ぐため、以下のような食品が推奨されます。
| 推奨食品 | 例 |
|---|---|
| 低GI炭水化物 | 全粒穀物、玄米、さつまいも |
| 良質な脂肪 | オリーブオイル、アボカド、ナッツ類 |
| 高たんぱく食品 | 鶏むね肉、豆類、魚 |
| 抗炎症食品 | ベリー類、緑黄色野菜、トマト |
PCOSと妊娠
PCOSを持つ女性は妊娠が困難になることがありますが、正しい治療と生活習慣の改善によって妊娠可能性は大きく向上します。排卵誘発剤や体外受精(IVF)などの補助生殖医療も選択肢として存在します。
予後と心理的ケア
PCOSは慢性疾患であり、完治するものではありませんが、症状のコントロールと合併症予防は十分可能です。特に、外見の変化(多毛症や肥満)、不妊症による精神的負担が大きいため、心理的サポートやカウンセリングも治療の一環として重要視されています。
結論
多嚢胞性卵巣症候群は、単なる婦人科の問題ではなく、全身的な代謝および内分泌系の疾患であることを理解することが重要です。早期の診断と包括的な治療によって、生活の質を大きく改善することが可能であり、妊娠や将来の健康リスクも管理可能です。医療機関との継続的な連携と、自身の生活習慣の見直しが、PCOSの管理には不可欠です。
参考文献:
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Teede, H. J., Misso, M. L., Costello, M. F., et al. (2018). “International evidence-based guideline for the assessment and management of polycystic ovary syndrome.” Human Reproduction.
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Azziz, R., et al. (2016). “Polycystic ovary syndrome.” Nature Reviews Disease Primers.
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Legro, R. S., et al. (2013). “Diagnosis and treatment of PCOS: An Endocrine Society clinical practice guideline.” Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism.

