小児医療において「便検査(糞便検査、うんちの検査)」は、症状の原因を突き止めるうえで極めて重要な非侵襲的検査方法である。特に乳児や幼児、小学生までの年齢層においては、言葉で症状を詳細に伝えることが困難なことが多いため、便の性状や成分、病原体の有無を調べることは、消化器疾患や感染症、吸収障害などの診断に直結する極めて重要な手段となる。
小児における便検査の意義
便は消化器系の状態を反映する優れた生体サンプルである。特に小児においては、腸内環境が未発達であり、外界からの感染にも敏感なことから、日常的な下痢、嘔吐、腹痛、体重減少、発熱などの症状の原因精査に用いられる。また、慢性的な消化不良や成長不良の評価においても便検査は不可欠である。

便検査は以下のような情報を提供する:
検査項目 | 目的 |
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便の外観・色・臭い | 出血、胆汁うっ滞、脂肪便、寄生虫の有無などを推察 |
潜血検査(便潜血反応) | 消化管出血のスクリーニング |
白血球・赤血球の存在 | 炎症や感染の指標 |
ウイルス検査(ロタ、ノロなど) | ウイルス性胃腸炎の確定診断 |
細菌培養検査 | 細菌性腸炎(サルモネラ、カンピロバクター等)の診断 |
寄生虫卵・原虫の検出 | アメーバ赤痢、ジアルジア症などの寄生虫感染の確認 |
脂肪検査(Sudan III染色など) | 脂肪吸収不良の評価 |
還元糖検査 | 乳糖不耐症や糖吸収不良のスクリーニング |
pH・便中酵素(トリプシンなど) | 酵素欠乏や腸内環境の異常 |
年齢別に見る便検査の有用性
新生児・乳児期(0〜1歳)
この時期は母乳や人工乳の影響を強く受けるため、便の性状は多彩であり、正常の範囲も広い。しかし以下のような症状があれば便検査が推奨される:
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頻回の下痢や粘血便
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授乳後の嘔吐と下痢
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発育不良や体重増加不良
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長引く便秘
例えば、新生児期における「ヒルシュスプルング病」のスクリーニングでは、便中の酵素(カリプロテクチン)や腸内細菌叢の解析がヒントとなることがある。また、乳糖不耐症が疑われる場合には、便中還元糖検査が有用である。
幼児期(1〜6歳)
保育園や幼稚園などで集団生活を始めるこの時期には、感染性腸炎が急増する。以下の病原体が主に検出対象となる:
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ロタウイルス:冬季に多く、嘔吐・発熱・水様性下痢を呈する
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ノロウイルス:少量でも感染する極めて感染力の強いウイルス
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サルモネラ菌、カンピロバクター:加熱不十分な食品やペットを介して感染
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腸管出血性大腸菌(O157など):重症化することがあり要注意
これらの病原体の迅速検出にはイムノクロマト法やPCR法が用いられることもある。
学童期(6〜12歳)
この時期には消化器症状の訴えが具体的になるが、便検査は依然として重要である。慢性の腹痛や過敏性腸症候群様の症状がある場合、腸内細菌叢や潜血検査、アレルギー検査などとの併用により、機能性疾患と器質的疾患の鑑別が行われる。
また、慢性的な脂肪便が認められる場合には、膵酵素の欠損やセリアック病などの吸収不良症候群を疑い、便中脂肪定量検査や便中トリプシンの測定が実施される。
便の採取方法と注意点
便の採取には衛生的かつ適切な方法が求められる。特に以下の点に注意が必要である:
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採便器具は医療機関で指定されたものを使用する
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オムツ内の便は採取が難しい場合もあるが、紙コップなどを敷いて自然排便を促す工夫が可能
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食品の残渣やオムツの繊維、尿と混ざらないように注意
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冷蔵保存が必要な検体(例:脂肪検査)や、迅速提出が求められる検体(ウイルス迅速検査)など、検査目的に応じて適切な管理が必要
病原体別に見た検査結果の解釈
病原体 | 検出方法 | 臨床的意義 |
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ロタウイルス | 免疫クロマト法 | 典型的な乳幼児の冬季下痢の原因 |
ノロウイルス | PCR法(保健所対応) | 集団感染対策が必須 |
サルモネラ属菌 | 便培養 | 食中毒や敗血症の原因、抗菌薬必要時も |
カンピロバクター属 | 便培養(特殊培地) | 鶏肉由来が多く、発熱と血便 |
ジアルジア | 顕微鏡、ELISA | 長引く下痢、海外渡航歴がある場合に注意 |
赤痢アメーバ | 顕微鏡(運動性原虫の観察) | 血便や粘液便、肝膿瘍の原因にもなる |
特殊検査とその応用
小児の便検査では以下のような新しい技術の導入も進んでいる:
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便中マイクロバイオーム解析:腸内細菌叢のバランスを評価し、アレルギーや自己免疫疾患との関連性を研究
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便中カリプロテクチン:炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病)のスクリーニングに有効
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便中オピオイドペプチド:発達障害との関連を示唆する報告もあり研究段階
便検査の限界と今後の課題
便検査は非侵襲的で手軽な一方、以下のような限界がある:
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採便時の汚染や保存条件により結果が変動する
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偽陰性・偽陽性が生じうる(特にウイルス抗原検査)
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検出されない病原体も多く、万能ではない
しかし、便を用いたメタゲノム解析やAIによる便画像診断など、将来的な技術革新によって、より精度の高い診断ツールへと進化する可能性を秘めている。
結論
便検査は小児の健康管理、特に感染症や消化器疾患の早期発見において不可欠な検査法である。年齢や症状に応じた適切な検査の選択と実施、そして結果の的確な解釈が求められる。家庭でも便の観察を日常的に行い、異常が見られた場合には早めに医療機関を受診し、専門的な検査と対応を受けることが望ましい。今後も便検査の技術的進展と共に、より精密かつ個別化された小児医療が進んでいくことが期待される。
参考文献:
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日本小児科学会「小児感染症ガイドライン」
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厚生労働省 感染症発生動向調査
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日本消化器病学会「消化器疾患診療ガイドライン」
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日本臨床微生物学会「糞便検査の標準化に関する提言」
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Yamamoto, M. et al. (2021). Pediatric stool analysis and its role in gut microbiome research. Journal of Pediatric Gastroenterology.