尿路感染症(にょうろかんせんしょう)、すなわち「UTI(Urinary Tract Infection)」は、尿の通り道である腎臓、尿管、膀胱、尿道に病原菌が侵入し、炎症を引き起こす病気である。特に膀胱炎や尿道炎など、下部尿路の感染が多く見られるが、腎盂腎炎のように上部尿路にまで炎症が波及する場合は、より重篤な症状を伴う。この記事では、尿路感染症の原因について科学的かつ網羅的に解説し、そのリスク因子、発症のメカニズム、関連する生理学的・解剖学的要因、そして予防に役立つ知識を提供する。
感染の主な原因菌
尿路感染症の大半は細菌感染によって引き起こされ、その約8割以上は**大腸菌(Escherichia coli)**によるものである。この細菌は腸内常在菌として存在し、肛門周辺にも多く見られる。何らかのきっかけで尿道口から侵入し、膀胱、場合によっては腎臓にまで到達する。
| 主な原因菌 | 感染頻度 | 特徴 |
|---|---|---|
| 大腸菌(E. coli) | 約80〜90% | 腸内常在菌、粘着性フィブリアにより尿道上行 |
| クレブシエラ属 | 約5% | 病院感染で見られることが多い |
| プロテウス属 | 約3〜5% | アルカリ尿を形成、尿路結石の原因にも |
| 腸球菌(Enterococcus) | 約2〜4% | 難治性、尿カテーテル関連感染 |
| セラチア属、シュードモナス属など | 1%以下 | 多剤耐性菌に注意が必要 |
尿路感染症のリスク因子
尿路感染症の発症には、単に病原菌が存在するだけでなく、それを助長する多くの要因がある。以下に主なリスク因子を挙げる。
1. 女性の解剖学的特徴
女性は男性に比べて尿道が短く(約4cm)、肛門と尿道口が近いため、腸内細菌が尿道に到達しやすい。加えて性行為や排便後の拭き方(後ろから前)が感染の契機となることがある。
2. 性的活動
性的接触により尿道に外部からの圧力がかかり、細菌が押し込まれることがある。いわゆる「ハネムーン膀胱炎」という言葉もあるように、性活動の増加は感染のリスクを高める。
3. 不十分な排尿・尿閉
膀胱に尿が長くとどまると、細菌が増殖しやすくなる。高齢者や前立腺肥大症の男性では尿の排出が不完全になることが多く、尿路感染のリスクが上昇する。
4. 尿カテーテルの使用
医療現場において、長期間のカテーテル挿入は典型的な感染源であり、カテーテル関連尿路感染(CAUTI)は院内感染の大きな原因の一つである。
5. ホルモンバランスの変化
閉経後の女性ではエストロゲンの減少により膣内のpHが変化し、乳酸菌が減少、病原菌が増殖しやすい環境になる。
6. 免疫力の低下
糖尿病、免疫抑制状態(がん治療、臓器移植後など)、慢性疾患を持つ人は尿路感染症を起こしやすい。
感染の経路と発症メカニズム
尿路感染症の多くは上行性感染、すなわち外部から尿道を通って細菌が膀胱、腎臓へと遡って侵入する経路を取る。まれに血液を介して感染する血行性感染もあるが、頻度は低い。
細菌はまず尿道粘膜に付着し、繊毛や接着因子(フィンブリア)を使って定着する。膀胱内では尿の中でも生存しやすい菌が増殖を始め、尿道上皮や膀胱粘膜を刺激し炎症反応を引き起こす。この過程で発熱、排尿時の痛み、頻尿、残尿感などの症状が出現する。
特殊な尿路感染症の原因
尿路感染症は単純な膀胱炎にとどまらず、以下のような特殊なケースでも発症する。
腎盂腎炎
膀胱からさらに上部に感染が波及し、腎盂や腎実質に炎症が及ぶ場合。高熱、悪寒、側腹部痛などを伴い、入院加療が必要となる場合もある。
男性の前立腺炎
前立腺への感染が加わると、排尿障害に加え、会陰部痛、射精痛などの特徴的な症状が現れる。
妊婦の尿路感染症
妊娠中はホルモンの影響で尿管が拡張しやすく、尿のうっ滞が生じやすいため、感染リスクが高まる。妊婦の無症候性細菌尿は早産や胎児への影響もあるため、特に注意が必要である。
再発性尿路感染の原因
同じ人物が短期間に何度も尿路感染症を繰り返す場合、以下のような根本的な原因を探る必要がある。
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解剖学的異常(尿道狭窄、膀胱尿管逆流など)
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神経因性膀胱(排尿機能障害)
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結石や腫瘍などの器質的病変
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過剰な抗菌薬使用による耐性菌の蔓延
尿路感染症の予防に関する知見
尿路感染症の予防には、生活習慣の改善と適切な衛生管理が不可欠である。以下の項目が科学的に有効とされている。
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水分摂取量の増加:1日あたり1.5〜2.0リットル以上の水を摂取し、尿を通じて菌の排出を促す。
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尿意の我慢をしない:排尿の遅延は菌の定着を助けるため、こまめに排尿することが重要。
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性交後の排尿:細菌が尿道に侵入するのを防ぐ。
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肛門周辺の清潔保持:トイレットペーパーの使用方向を前から後ろに。
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綿素材の下着の着用と通気性の確保:湿潤環境は菌の繁殖を助長する。
結論
尿路感染症は極めて一般的でありながら、正しい知識と予防策によってその多くを回避することが可能である。その原因の大半は腸内常在菌である大腸菌であり、性別、年齢、生活習慣、免疫状態、医療処置の有無など、複数の因子が重なり合って発症に至る。再発性や重症化の兆候を見逃さず、原因の精査と早期治療が重要である。科学的エビデンスに基づいた理解と対策によって、尿路感染症の負担を大幅に軽減することができるだろう。
参考文献
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Stamm WE, Norrby SR. “Urinary tract infections: disease panorama and challenges.” The Journal of Infectious Diseases. 2001;183 Suppl 1:S1–S4.
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Foxman B. “Epidemiology of urinary tract infections: incidence, morbidity, and economic costs.” The American Journal of Medicine. 2002;113 Suppl 1A:5S–13S.
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日本泌尿器科学会編『尿路感染症診療ガイドライン2015年版』
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宮崎達也ら「再発性尿路感染症におけるリスク因子と対策」『日本化学療法学会雑誌』2018年
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