舌のしびれ(舌の感覚異常)の原因:完全かつ包括的な科学的検討
舌のしびれ(医学用語では「舌の感覚異常」または「舌の感覚鈍麻」)は、突然あるいは徐々に舌の一部あるいは全体に感覚の変化(しびれ、ピリピリ感、麻痺、焼けるような感覚など)が現れる症状を指す。これは一時的なものから慢性的なものまで多岐にわたり、軽度なビタミン不足から、重篤な神経障害、腫瘍、内分泌異常などが関与している可能性がある。この現象は、口腔科、神経内科、内科、耳鼻咽喉科など複数の診療科にまたがる問題であり、適切な鑑別診断が極めて重要である。
以下では、舌のしびれを引き起こす主な原因を、解剖学的、神経学的、代謝性、感染性、薬物性、精神的要因などの分類に基づいて詳細に検討する。
1. 神経損傷・圧迫による舌のしびれ
舌咽神経・三叉神経・顔面神経の障害
舌の感覚を支配する神経は主に以下の通り:
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舌前2/3の感覚:三叉神経第3枝(下顎神経、特に舌神経)
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舌前2/3の味覚:顔面神経(鼓索神経経由)
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舌後1/3の感覚と味覚:舌咽神経
これらの神経が損傷されると、しびれや味覚障害が発生する。
原因例:
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歯科処置(親知らずの抜歯や局所麻酔時の神経損傷)
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顎関節症
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外傷(事故や外科手術による)
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腫瘍や嚢胞による神経圧迫
2. 脳神経系疾患によるもの
脳梗塞や脳出血
脳幹部、特に橋や延髄の病変は舌の運動や感覚に関与する神経核を含むため、片側性あるいは両側性のしびれが起こりうる。
多発性硬化症(MS)
中枢神経系の脱髄疾患であり、舌のしびれはその初発症状となることもある。
てんかん(焦点性発作)
発作の焦点が感覚野あるいは運動野の舌に対応する部位にある場合、しびれや異常感覚が起こることがある。
3. ビタミン欠乏症と代謝異常
ビタミンB12欠乏症
赤血球産生に関与するだけでなく、神経鞘の維持にも不可欠であり、欠乏すると末梢神経障害が出現する。
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症状:舌の灼熱感、萎縮、しびれ、味覚変化
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原因:胃の手術後、慢性胃炎、自己免疫性胃炎(悪性貧血)、菜食主義、吸収障害(クローン病など)
鉄欠乏症
鉄は舌の上皮細胞や味蕾の正常な代謝に関与しており、欠乏すると「舌のヒリヒリ感」「つるつるとした舌」などが現れる。
低カルシウム血症
副甲状腺機能低下症やビタミンD欠乏症などによる。しびれや筋痙攣(テタニー)が出現。
4. 感染症によるもの
単純ヘルペスウイルス(HSV-1)
口唇や口腔内に感染し、神経に潜伏するウイルスであり、再活性化時に舌や口腔粘膜に痛みやしびれが出る。
帯状疱疹(帯状疱疹ウイルス:VZV)
顔面神経領域に発症すると「ラムゼイ・ハント症候群」を引き起こし、舌のしびれや味覚障害、顔面神経麻痺を伴う。
HIV感染
免疫低下による神経障害や口腔内カンジダ症などを併発し、舌の感覚異常が現れることがある。
5. アレルギーや薬剤反応
舌浮腫(アナフィラキシー)
薬物や食品による即時型アレルギー反応で舌が腫れ、圧迫されてしびれを感じることがある。
薬剤性神経障害
以下の薬剤は末梢神経障害の副作用を引き起こしうる:
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抗がん剤(ビンクリスチン、シスプラチンなど)
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抗生物質(メトロニダゾール、イソニアジド)
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抗HIV薬
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抗うつ薬や抗てんかん薬
6. 内分泌・自己免疫疾患
糖尿病性神経障害
高血糖が長期にわたり続くことで、末梢神経に損傷が起き、舌を含む口腔内に異常感覚が生じる。
シェーグレン症候群
自己免疫性疾患で唾液腺や涙腺の破壊が進み、口腔乾燥症が悪化することで舌の感覚にも影響が及ぶ。
7. 精神的・心理的要因
不安障害・パニック障害
過換気症候群により、血中の二酸化炭素が減少し、末梢血管が収縮して口唇や舌のしびれが生じる。
心因性舌痛症(舌の灼熱症候群)
明らかな器質的異常が見つからないにもかかわらず、舌のピリピリ感やしびれ、灼熱感を訴える。更年期の女性に多くみられる。
8. 頭頸部腫瘍や構造的異常
舌癌・口腔癌
初期症状のひとつとして、舌の局所的なしびれや痛みを訴えることがある。
神経鞘腫(シュワン細胞腫)
舌神経や顔面神経、舌咽神経に発生すると、進行に伴いしびれや運動障害を伴う。
9. その他の原因
| 原因領域 | 具体例 | 補足 |
|---|---|---|
| 外科手術後 | 顎変形症手術、舌小帯切除など | 一時的または永続的神経損傷あり |
| 放射線治療後 | 頭頸部が照射範囲に含まれる場合 | 唾液腺・神経の線維化による |
| 群発頭痛 | 三叉神経を巻き込む頭痛の一種 | 発作的にしびれや痛みを伴う |
| 栄養障害 | 葉酸欠乏、ビタミンB群欠乏など | 舌乳頭の萎縮、しびれ |
| 中毒性 | 鉛、水銀、有機溶剤などの暴露 | 職業性曝露に注意 |
鑑別診断と検査
舌のしびれが見られる患者に対しては、以下のステップが有効:
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詳細な問診:しびれの部位、時間経過、併発症状、既往歴、服薬状況など
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口腔内診察:潰瘍、萎縮、舌苔、乾燥状態の観察
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神経学的評価:舌の運動・感覚検査、他の神経症状の有無
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血液検査:ビタミン・ミネラル濃度、血糖値、自己抗体検査など
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画像検査:MRI、CT、頭部血管造影、神経伝導検査
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生検・病理組織検査:腫瘍が疑われる場合に実施
治療と対応
治療は原因に応じて以下の通り多岐にわたる:
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ビタミン補充療法(B12や鉄、葉酸など)
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神経障害の管理(疼痛コントロール、リハビリ)
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感染症の抗ウイルス・抗菌治療
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アレルギーの除去と抗ヒスタミン薬の使用
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精神的要因へのアプローチ(認知行動療法、抗不安薬)
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手術的処置(腫瘍や構造的異常の場合)
結論
舌のしびれは一見些細に思える症状であるが、その背後には神経系、内分泌系、免疫系、精神的因子など多様な病態が潜んでいる可能性がある。適切な医療機関での総合的な評価と診断が重要であり、早期発見・治療が予後を大きく左右する。特に片側性の持続的なしびれや、他の神経症状を伴う場合は迅速な精査が必要である。
参考文献:
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日本口腔外科学会. 舌の感覚異常に関するガイドライン.
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日本神経学会. 神経症候学テキスト.
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厚生労働省. ビタミン欠乏症に関する知見.
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日本耳鼻咽喉科学会. ラムゼイ・ハント症候群診療の手引き.
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日本臨床神経生理学会. 神経伝導検査実践マニュアル.
舌のしびれは日常生活の質に大きく関与する感覚異常であり、的確な理解と対応こそが患者の安心と健康回復への第一歩となる。

