過敏性腸症候群(IBS)や慢性大腸疾患と「めまい」の関連性についての科学的検討
大腸、特にその働きの異常に起因する「過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome: IBS)」は、消化器症状だけでなく、多様な全身症状を引き起こすことがある。この中には、意外にも「めまい(あるいはふらつき、軽い失神感)」が含まれる場合がある。本記事では、腸の機能不全とめまいの間に存在する可能性のある関連性について、最新の医学的知見とともに多角的に検討する。
1. 大腸の働きと神経系の関連性
人間の腸管、特に大腸は、自律神経系と密接に関わっている。腸管には「腸管神経系(Enteric Nervous System)」と呼ばれる独自の神経ネットワークが存在し、「第二の脳(Second Brain)」とも称される。この腸管神経系は、脳と密接に連携しながら腸の運動や分泌、炎症反応などを調節する。そのため、大腸における異常は、自律神経系のバランスを崩し、身体全体の恒常性にも影響を与えることがある。
特に、副交感神経優位または交感神経過剰といった自律神経の乱れは、血圧の変動や心拍数の異常を引き起こし、結果的に「めまい」や「ふらつき」などの症状が出現する可能性がある。
2. 過敏性腸症候群(IBS)とめまい
IBSは腸に明確な器質的異常が見られないにもかかわらず、便秘、下痢、腹痛、膨満感などの症状が慢性的に続く疾患である。この症候群は消化器症状以外にも、次のような非消化器的な症状を呈することが知られている。
| 非消化器的症状 | 説明 |
|---|---|
| 頭痛 | ストレスや筋緊張に起因することが多い |
| 倦怠感 | 栄養の吸収障害や睡眠の質低下が関与する可能性 |
| めまい | 自律神経失調や低血糖、脱水によることがある |
| 不安・うつ症状 | 精神的ストレスと腸の相互作用が原因とされる |
IBS患者においては、心理的ストレスが主因となって自律神経が乱れやすく、過換気症候群や低血圧などを伴うことがあり、これが「めまい」の発症と関連していると考えられている。
3. 腸内ガスと横隔膜・血流への影響
腸内に過剰なガスが蓄積することで、腹部膨満が起き、横隔膜が上方に圧迫されることがある。この圧迫は、肺活量や呼吸の質に影響を及ぼし、結果的に酸素供給量の低下や心拍の変動を引き起こす可能性がある。このような状況が長く続けば、脳への酸素供給が一時的に低下し、「めまい」や「立ちくらみ」を誘発する。
4. 食事・栄養との関連
腸の不調によって、特定の栄養素(特にビタミンB群、鉄、マグネシウムなど)の吸収が不十分になることがある。以下は、それらの栄養素不足が引き起こす可能性のある症状である。
| 栄養素 | 不足による影響 |
|---|---|
| ビタミンB12 | 神経障害、めまい、記憶障害など |
| 鉄 | 鉄欠乏性貧血、頭痛、動悸、めまい |
| マグネシウム | 筋肉のけいれん、不安感、ふらつき |
腸の吸収機能が低下している場合、これらの栄養素が慢性的に不足し、脳や神経への影響として「めまい」が現れる可能性がある。
5. 水分・電解質バランスの変化
慢性的な下痢や便秘、あるいはガスの過剰排出は、水分や電解質の喪失につながる。特にナトリウムやカリウムのバランスが崩れることで、血圧低下や心拍の異常が生じやすくなり、そこから「起立性低血圧」や「脱水症状」が起こり、めまいにつながることがある。
6. 心因性要因と大腸症状
腸と脳の関係は双方向的であり、腸の異常が精神状態に影響を与える一方で、精神的ストレスも腸の働きを変化させる。うつ状態や不安障害を伴うIBS患者は多く、彼らの多くは「めまい」「頭がぼーっとする」「意識が飛びそうになる」といった神経症状を訴える傾向にある。
また、こうした心因性要因は、過呼吸や軽度のパニック発作を引き起こし、そこから「浮遊感のあるめまい」や「非回転性のふらつき」が生じることもある。
7. 臨床事例と研究からの知見
ある日本国内の研究(日本消化器心身医学会誌)によると、IBS患者のうち約23〜30%が「非典型的な症状」として、めまいや耳鳴り、冷汗などを報告している。特に便秘型IBSにおいては、腹部の膨満や不快感が強く、それに伴う不安や交感神経の亢進が「めまい」として表出することがあるとされている。
8. 治療的アプローチと生活改善
IBSやその他の大腸関連疾患による「めまい」を改善するには、以下のアプローチが有効とされている:
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腸内環境の改善:プロバイオティクスの摂取や食物繊維の適切な摂取
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栄養状態の見直し:血液検査によりビタミン・ミネラルの状態を把握
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ストレス管理:認知行動療法(CBT)やマインドフルネスなど
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自律神経バランスの調整:適度な運動、規則的な生活、十分な睡眠
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薬物療法:抗不安薬、セロトニン調整薬、消化管運動調整薬などが処方される場合がある
9. 医師の診断を受けるべきケース
以下のような症状がある場合は、ただの腸の不調として片付けず、速やかに医師の診断を受けるべきである。
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めまいが頻繁に起こる
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立ち上がると気が遠くなる
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同時に動悸、息切れ、冷汗を伴う
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体重が急激に減少している
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排便習慣が急激に変化した
これらの症状は、腸の問題に起因する可能性もあるが、より深刻な循環器疾患や神経疾患の前兆であることもあるため、総合的な診察が求められる。
10. 結論
「大腸はめまいの直接的原因ではない」とする意見も存在するが、腸と神経系、血流、栄養吸収、精神状態の間には深い関連性があり、大腸の不調が「間接的に」めまいを引き起こすケースは確かに存在する。過敏性腸症候群や慢性腸疾患を有する人々が「めまい」を経験する場合、その背景には複数の生理的・心理的要因が重なっていることが多い。よって、このような症状を軽視せず、腸と全身の健康を包括的に見直すことが重要である。
参考文献:
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日本消化器心身医学会誌,「過敏性腸症候群における非消化器症状の分析」2020年
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Mayo Clinic, Irritable Bowel Syndrome overview and extra-intestinal symptoms, 2021
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日本神経学会誌,「自律神経失調症とめまい」2019年
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厚生労働省,「腸内フローラと健康の関係性」2022年報告書
日本の読者の皆様へ、このような症状が生活の質を著しく低下させる場合には、専門医との連携のもと、科学的根拠に基づいた適切な対処を行うことが最善の方法です。
