横隔膜ヘルニア(食道裂孔ヘルニア)の症状とその理解:完全ガイド
横隔膜ヘルニア(医学的には「食道裂孔ヘルニア」と呼ばれる)は、胃の一部が横隔膜を通り抜けて胸部へと移動してしまう状態である。横隔膜とは、胸部と腹部を隔てる筋肉性の膜であり、呼吸に関与する極めて重要な構造である。この膜には、食道が通過する「食道裂孔」と呼ばれる開口部があり、正常ではこの裂孔を通じて食道が腹部の胃に接続されている。しかし、何らかの理由でこの裂孔が緩み、胃の一部が胸腔内に突出すると、さまざまな症状が引き起こされる。
この病態は一般的に高齢者に多く見られるが、若年者にも発生する可能性がある。発症には肥満、妊娠、腹圧の増加、慢性的な咳、便秘、重い物を持ち上げるなど、腹腔内圧力が高まることが関与しているとされる。
以下では、横隔膜ヘルニアの代表的な症状、分類、診断法、関連する合併症、および治療法について詳述する。
主な症状
1. 胸やけ(胃食道逆流症状)
横隔膜ヘルニアの最もよく見られる症状の一つが「胸やけ」である。胃酸が食道へと逆流することによって、胸部や喉の奥に焼けるような感覚が生じる。特に、食後や就寝時に強く感じることが多い。
2. 呑酸(酸の逆流)
食べ物や胃酸が喉元まで戻ってくるような感覚を「呑酸」と呼び、これもまた横隔膜ヘルニアの典型的な症状である。酸味や苦味を伴うことが多く、咽頭や口腔内に不快感を残す。
3. 胸痛
狭心症や心筋梗塞と似た胸部の痛みを訴えることがあるため、心臓疾患との鑑別が重要である。特に食後に痛みが強くなる場合には、横隔膜ヘルニアが疑われる。
4. 嚥下困難(食べ物がつかえる感じ)
胃の一部が胸部に入り込むことで食道の通過障害が生じ、食べ物が喉を通りにくく感じる「嚥下困難」が発生することがある。
5. 吐き気・嘔吐
胃酸の逆流や胃の異常な位置により、消化機能に影響が出て、吐き気や嘔吐を起こす場合がある。
6. 慢性的な咳・喘鳴
胃酸の逆流が喉や気道を刺激することにより、慢性的な咳や喘鳴(ぜいめい、ヒューヒューという呼吸音)が出ることもある。
7. 声のかすれ
胃酸が声帯や喉を刺激することで、声がかすれたり、喉に違和感を覚えることがある。
症状の出現に影響を与える要因
| 要因 | 説明 |
|---|---|
| 食後直後の横になる習慣 | 胃内容物が逆流しやすくなり、胸やけや呑酸の原因となる。 |
| 肥満 | 腹圧が高まり、裂孔が拡大しやすくなる。 |
| 妊娠 | 子宮の拡大により胃が押し上げられ、同様に腹圧が増加する。 |
| 加齢 | 横隔膜の筋力低下により裂孔が広がりやすくなる。 |
| 慢性的な便秘や咳 | 腹腔内圧力を繰り返し上昇させ、ヘルニア形成の原因となる。 |
ヘルニアの分類
横隔膜ヘルニアは、主に以下の3つのタイプに分類される:
1. 滑脱型(スライディング型)
最も一般的なタイプであり、胃の噴門部(胃と食道の接合部)が胸部に移動する。症状としては胃食道逆流が主となる。
2. 傍食道型(パラエソファゲアル型)
胃の一部が食道の横を通って胸部に移動する。逆流症状は少ないが、胃の血流障害など重大な合併症を招く恐れがある。
3. 混合型
滑脱型と傍食道型が混在する形態で、より複雑で手術の対象となりやすい。
診断方法
診断には複数の手段が用いられる。以下に代表的なものを示す。
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胃内視鏡検査:胃と食道の接合部の状態を直接観察し、逆流や潰瘍の有無を確認する。
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バリウム造影検査(上部消化管造影):バリウムを服用し、X線撮影で胃の位置を確認する。
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食道内圧検査:食道の蠕動運動や括約筋の圧力を測定し、逆流の程度を評価する。
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pHモニタリング:24時間にわたり食道内の酸度を記録し、胃酸逆流の頻度と強度を把握する。
合併症の可能性
横隔膜ヘルニアが長期にわたって放置された場合、以下のような合併症を引き起こすことがある:
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食道炎
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食道潰瘍
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バレット食道(食道粘膜の変性)
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出血
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貧血
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胃の絞扼(血流障害)
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誤嚥性肺炎
治療法
症状の程度やヘルニアの種類によって治療方針が異なる。以下に代表的な治療法を示す。
保存的治療(薬物療法と生活習慣の改善)
| 対策 | 説明 |
|---|---|
| プロトンポンプ阻害薬(PPI) | 胃酸の分泌を抑え、逆流による食道の炎症を軽減する。 |
| H2ブロッカー | 胃酸の分泌を穏やかに抑える効果があり、軽症例に用いられる。 |
| 食事制限 | 脂っこい食事、カフェイン、アルコール、チョコレートの制限が推奨される。 |
| 体位の工夫 | 就寝時に頭部を高くし、重力を利用して逆流を防ぐ。 |
| 減量 | 肥満による腹圧上昇を改善することで、症状を軽減できる。 |
外科的治療
保存的治療で効果が不十分な場合や、傍食道型のように合併症のリスクが高いケースでは手術が検討される。
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ニッセン・ファンドプリケーション:胃の上部を食道の周囲に巻きつけることで逆流を防止する術式。
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腹腔鏡下ヘルニア修復術:低侵襲の方法であり、入院期間も短く、回復も早い。
予後と生活上の注意点
軽度の横隔膜ヘルニアであれば、適切な生活習慣の改善と薬物療法によってコントロールが可能である。ただし、症状が慢性化する場合や、貧血や肺炎といった合併症を伴う場合には、早期の医療介入が不可欠である。再発のリスクを減らすためにも、以下のような予防的行動が推奨される:
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食後すぐに横にならない
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暴飲暴食を避ける
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タバコを控える
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定期的に医師の診察を受ける
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ストレスを溜めない
参考文献・出典
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日本消化器病学会「食道裂孔ヘルニア診療ガイドライン」
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厚生労働省「胃食道逆流症と横隔膜ヘルニアに関する疫学データ」
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日本外科学会雑誌「腹腔鏡下食道裂孔ヘルニア修復術の実際」
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日本内視鏡外科学会「ファンドプリケーション手術の成績と適応」
横隔膜ヘルニアは、見過ごされやすい消化器疾患の一つであるが、その症状は生活の質に深刻な影響を与える。特に日本では高齢化が進む中、患者数は今後さらに増加すると予想される。早期発見・早期治療が重要であり、日常的な不調を軽視せず、専門医の診察を受けることが何より大切である。
