アラビア海に面する国々とその地政学的・経済的重要性
アラビア海(بحر العرب)はインド洋の北西部に位置し、アジア大陸とアフリカ大陸の間を隔てる重要な海域である。この海は地理的にはホルムズ海峡、西インド沿岸、アラビア半島南部、ソマリア沿岸に囲まれており、古代から現代に至るまで交易、軍事、エネルギー輸送の戦略的な要衝となってきた。本稿ではアラビア海に面する全ての国々を完全かつ包括的に取り上げ、それぞれの国の海岸線の特性、港湾施設、経済・軍事的意義、そして周辺海域における国際関係に与える影響について詳述する。
1. インド

インドはアラビア海に最も広く面する国の一つであり、その海岸線は西側のグジャラート州からマハーラーシュトラ州、ゴア州、カルナータカ州、ケーララ州に至るまで多岐にわたる。ムンバイ港はインド最大の商業港として国際貿易の要であり、また軍事的にも重要な拠点である。
インド海軍は西部海域においてアラビア海をパトロールし、ソマリア沖の海賊行為の監視や、ホルムズ海峡を通過する石油輸送路の安全保障に積極的に関与している。インドの海上輸送の約70%がアラビア海を通過しており、エネルギー安全保障の観点からも極めて重要な海域である。
2. パキスタン
パキスタンはアラビア海に約1046キロメートルの海岸線を有し、その主要な港湾都市にはカラチとグワーダルがある。カラチ港はパキスタン最大の港であり、輸出入の大部分を処理している。近年注目を集めているのは、中国の「一帯一路」構想に基づいて建設されたグワーダル港である。
この港は中国・パキスタン経済回廊(CPEC)の南端に位置し、内陸の中国西部と中東・アフリカを結ぶ重要な戦略拠点とされている。また、アラビア海における海軍の拠点としても利用されており、パキスタン海軍の能力向上と地域における軍事バランスにも影響を与えている。
3. イラン
イランはアラビア海の北東端に位置し、その主要な港湾はチャーバハール港である。チャーバハール港はインドの支援によって開発が進められ、アフガニスタンおよび中央アジアとの貿易を促進することを目的としている。イランはホルムズ海峡の入り口に位置しており、世界の石油輸送の約20%がこの狭い海峡を通過する。
アラビア海に面することで、イランはペルシャ湾の軍事的緊張から一定の回避ルートを持ち、また独自の輸送ルートを確保することができる点でも戦略的に重要である。
4. オマーン
オマーンはアラビア半島の南東部に位置し、長大な海岸線をアラビア海に有している。特にドゥクム港とサラーラ港は重要な商業および軍事的ハブとしての機能を果たしている。ドゥクムは新興の工業都市として開発が進められており、中国やインドの投資を受けて物流・石油化学・造船などの分野で急成長している。
また、オマーンは湾岸協力会議(GCC)の中でも比較的中立的な外交政策を取っており、アラビア海を利用した国際協力や海上交通の安全保障において重要な調整役を果たしている。
5. イエメン
イエメンはアラビア半島の南端に位置し、アラビア海の一部であるアデン湾を介してインド洋と接している。イエメンの主要港にはアデン港とムカッラー港があるが、近年の内戦によってその運用能力は大きく制限されている。
アデン港はかつては英国支配下で世界的な中継港として知られていたが、現在は政治的不安定と治安問題によって国際的な利用は限定的である。しかしながら、その地理的位置はスエズ運河とホルムズ海峡を結ぶ海上交通の要衝であり、依然として戦略的価値は高い。
6. ソマリア
アフリカ大陸側で唯一、アラビア海に長大な海岸線を持つ国がソマリアである。海岸線の長さは約3025キロに及び、インド洋に面する国の中でも上位に位置する。モガディシュ港をはじめ、ボサソ、ベレベラなど複数の港を持つが、長年の内戦と統治機能の不在によって、その多くは十分に活用されていない。
しかし近年では、国際社会によるソマリアの海上警備強化が進められ、特にアデン湾を通過する船舶の安全確保のため、海賊対策が強化されている。海運においても、将来的には再開発によってアフリカ東海岸のハブとして浮上する可能性を秘めている。
アラビア海における戦略的・経済的連携
アラビア海は単なる地理的な境界ではなく、関係諸国の経済、安全保障、外交戦略を密接に結びつける接点となっている。下記の表は、アラビア海に面する主要国の港湾とその戦略的機能をまとめたものである。
国名 | 主要港湾 | 主な機能 | 備考 |
---|---|---|---|
インド | ムンバイ、コチ | 商業、軍事、輸送 | アジア最大級の港湾を持つ |
パキスタン | カラチ、グワーダル | 商業、軍事、地政学的拠点 | 中国との連携が深まる |
イラン | チャーバハール | 貿易ルート代替、地域戦略拠点 | インド支援による開発 |
オマーン | ドゥクム、サラーラ | 商業、工業発展、軍事支援 | 中立的外交と物流の要 |
イエメン | アデン、ムカッラー | 潜在的中継港、戦略要地 | 内戦により機能が限定的 |
ソマリア | モガディシュ、ボサソ | 海賊対策、再開発可能性 | 海岸線が非常に長い |
結語
アラビア海に面する各国は、その地理的な位置のみならず、経済的および安全保障的な側面においても世界の海上交通とエネルギー供給の中核を成している。特にホルムズ海峡とスエズ運河という二大チョークポイントに挟まれたアラビア海は、世界の石油および貨物輸送の大動脈であり、関係各国はこの海域の安定と安全保障に多大な関心を寄せている。
今後もアラビア海沿岸諸国は、港湾の開発や海軍力の強化、国際協力の深化を通じてこの戦略海域での影響力を競い合うことになるであろう。その意味でアラビア海は、地政学、経済学、国際関係論における研究対象として今後も注視され続けるべき海域である。
参考文献
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Indian Ocean and South Asia: Strategic Dimensions, Naval War College Review, 2019
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“The Geopolitics of the Persian Gulf and Arabian Sea,” Middle East Institute, 2020
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International Maritime Organization (IMO) Reports on Piracy and Maritime Security, 2023
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国際通商白書(日本貿易振興機構、2022年版)
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Global Port Development Trends, UNCTAD Report, 2023