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アラブと読書離れ

なぜ読書習慣がアラブ諸国で乏しいのか ― 西洋との比較分析

アラブ世界における読書の習慣は、長年にわたり数多くの研究や報道で取り上げられてきたが、その結論はほぼ一貫している。すなわち、アラブ諸国では個人レベルでの読書時間や書籍の出版数が、西洋諸国と比較して著しく低いという実態が浮き彫りになっている。本稿では、歴史的、社会的、経済的、教育的背景を軸に、この読書格差の構造的要因を徹底的に分析する。また、統計データを交えながら、なぜこの現象が長年続いているのか、その根本的なメカニズムに迫る。


歴史的背景の違い

アラブ世界はかつて、世界に冠たる知の中心地であった。中世のバグダードにあった「知恵の館」では、ギリシャ語やペルシア語の文献がアラビア語に翻訳され、天文学、医学、哲学などの学問が盛んであった。しかしその後、モンゴル帝国によるバグダードの破壊(1258年)や、オスマン帝国による長期支配が文化の停滞を招いたとされる。印刷技術の導入もヨーロッパよりはるかに遅れ、書物の複製や普及が制限された。

一方、ヨーロッパでは15世紀にグーテンベルクの印刷機が登場したことにより、読書の民主化が急速に進んだ。宗教改革や啓蒙時代を経て、知識の共有が市民権を得るに至った。これは社会構造や価値観そのものに大きな影響を与え、知識や情報へのアクセスが「当然の権利」として定着することになった。


教育制度の構造的問題

アラブ諸国では、教育制度が依然として「暗記重視」の傾向を強く持つ。多くの学校では、批判的思考や創造的発想よりも、教師の言葉をそのまま覚えることに重点が置かれており、読書を通じて自分の考えを深める機会が乏しい。このような環境では、生徒にとって読書は学問を深める手段ではなく、「試験のための義務」として認識されがちである。

また、教育現場における図書館の整備状況や教員の読書指導のスキルも十分とは言えない。アラブ諸国の多くの地域では、学校や地域図書館の蔵書数がきわめて少なく、蔵書の更新も遅れている。対して西洋諸国、特に北欧やドイツ、カナダなどでは、公共図書館が市民生活に溶け込んでおり、児童期から読書の習慣が自然と身につく構造が整っている。


経済的要因と出版市場の規模

出版市場の規模を見ると、アラブ世界と西洋の差は歴然である。たとえば、ユネスコが過去に発表した報告書によると、アラブ世界全体で出版される書籍の数は、スペイン一国の年間出版数に満たないとされている。

地域 年間出版点数(推定) 人口(概算)
アラブ世界(22か国) 約2万点 約4億人
スペイン 約6万点 約4700万人
日本 約7万点 約1億2500万人
アメリカ合衆国 約30万点 約3億3000万人

この表からも明らかなように、人口当たりの出版数においてアラブ世界は極めて低い水準にある。これは、出版インフラの不足、検閲制度、書店の流通構造、作家に対する経済的支援の欠如など、複合的な要因が絡み合っている。特に出版物に対する検閲は、表現の自由を抑圧する要因となっており、創作活動を躊躇させている面が強い。


社会文化的要素 ― 読書の「意味」の違い

読書に対する文化的な価値観の違いも無視できない要因である。西洋では「読むこと」が自己研鑽、批判的思考、娯楽、あるいは社会的対話の手段として広く認識されている。これに対して、アラブ諸国では依然として「権威のある人の話を聞く」文化が根強く残っており、活字よりも口頭での伝承や宗教的指導者の言葉が重視される傾向がある。

また、女性の読書へのアクセスに関しても、地域によっては依然として制限が存在し、識字率において性差が見られる。これは読書文化の普及において、重大な障壁となっている。


テクノロジーとメディアの影響

デジタル時代の到来は、読書の在り方に大きな変化をもたらした。西洋では電子書籍の普及やオンライン図書館の整備により、より多くの人が手軽に読書にアクセスできるようになっている。加えて、オーディオブックや要約アプリなど、ライフスタイルに合わせた読書形態が浸透している。

しかしアラブ諸国では、スマートフォンやSNSの普及に伴い、読書以外の娯楽コンテンツへの依存が強まっている傾向がある。情報の受動的消費(たとえば動画視聴やSNS閲覧)が主流となり、長時間にわたって集中して書物を読む習慣がさらに遠のいている。


政策と国家的取り組みの違い

西洋諸国、特にスカンジナビア諸国やドイツでは、読書推進を国家政策の一環として捉え、具体的な数値目標を設けている。例えば、毎年の「ナショナル・リーディング・デー」や「子ども読書年」など、啓発キャンペーンが恒常的に行われている。また、作家への助成金制度や書店への税制優遇など、出版活動を支える基盤がしっかり整備されている。

対照的に、多くのアラブ諸国では文化政策が後回しにされる傾向があり、読書推進に割かれる予算も限られている。数少ない例外として、アラブ首長国連邦(特にドバイ)では文化都市化への取り組みが見られ、世界最大級の書籍展示会「シャールジャ国際ブックフェア」などが開催されているが、それが一般大衆の読書習慣にまで及んでいるかは疑問が残る。


若者と未来への影響

教育のグローバル化と情報社会の急速な進展のなかで、読書力の差は単なる文化の違いにとどまらず、経済競争力や創造産業の発展にも大きく影響する。西洋の若者たちは、批判的読解力や情報リテラシーを高めることによって、新たな技術革新や社会課題の解決に主体的に関わっている。一方、読書習慣の乏しい環境で育つ若者は、情報を単に受け取るだけで処理能力や思考の柔軟性が育ちにくい。

この差はやがて、研究開発力や起業活動の分野でも顕在化し、知識経済における格差を広げる一因となる。


結論

アラブ世界と西洋における読書文化の違いは、単なる習慣の差異ではなく、歴史的遺産、教育制度、社会構造、政治的意志、そして経済的インフラといった複合的な要因が絡み合って形成されたものである。単に「なぜ読まないのか?」と問うのではなく、「なぜ読めない構造が温存されているのか

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