アラブ諸国における宇宙技術の発展は、かつて限られた国々に独占されていた宇宙空間へのアクセスに対し、アラブ世界が着実に存在感を示し始めたことを意味している。特に21世紀に入り、人工衛星の開発および打ち上げを通じて、通信、防衛、地球観測、教育、科学探査といった多様な分野で活用が進んでいる。以下では、人工衛星を保有するアラブ諸国の現状、打ち上げ実績、戦略的意図、また将来的展望について詳細に論じる。
アラブ首長国連邦(UAE)
アラブ世界における最も先進的な宇宙開発国の一つとして、UAEは人工衛星だけでなく、火星探査計画にまで取り組んでいる。2009年には最初の人工衛星「ドバイサット-1」を韓国との協力で打ち上げた。その後も「ドバイサット-2」(2013年)、「ナヤフ-1」(2017年)、「ホープ」(火星探査機、2020年)、「MBZ-SAT」(2024年打ち上げ予定)など、次々と成果を上げている。

UAEの宇宙戦略は、政府主導の「ムハンマド・ビン・ラシッド宇宙センター(MBRSC)」によって推進されており、国内の技術者育成、産業基盤の形成にも力を入れている。また「アラブ宇宙機関」構想を提唱するなど、域内連携にも注力している。
サウジアラビア
サウジアラビアは1985年にアラブ世界初の宇宙飛行士をNASAに送り込んだ国でもあり、宇宙開発における先駆者である。最初の人工衛星は「アラブサット-1A」(1985年)であり、アラブ諸国の通信衛星として重要な役割を果たした。現在に至るまで、アラブサット機構を通じて複数の通信衛星(アラブサット-5C、6Aなど)を保有している。
近年では「サウジサット」シリーズ(観測衛星)や軍事・情報目的の衛星も運用しており、2020年代には独自の宇宙プログラムを国家戦略に組み込んでいる。サウジ宇宙委員会の設立(2018年)により、より体系的かつ持続的な開発が進められている。
エジプト
エジプトはアフリカ大陸で最初に人工衛星を保有した国でもある。1998年には「ナイルサット-101」、その後「ナイルサット-102」「エジプトサット-1」(2007年、観測用)、「エジプトサット-A」(2019年)などが打ち上げられた。これらは主に地球観測、農業管理、都市計画、災害監視といった民生目的で活用されている。
「エジプト宇宙庁(EgSA)」は2019年に設立され、国産化比率の高い衛星開発を推進中である。アフリカ宇宙庁の本部をカイロに誘致するなど、地域的リーダーとしての地位を固めつつある。
アルジェリア
アルジェリアは「アルサット」シリーズを中心に、観測衛星を複数保有している。2002年に「アルサット-1」、2016年に「アルサット-1B」「アルサット-2B」が打ち上げられており、画像取得、農業管理、自然災害対応などに使用されている。さらに、通信衛星「アルコムサット-1」(2017年)は中国と共同開発された。
アルジェリア宇宙機関(ASAL)は国内の大学・研究機関と連携し、人工衛星開発と地上局運営を国内主導で行っている点が注目される。現在も複数の衛星開発プロジェクトが進行中である。
モロッコ
モロッコは高性能の観測衛星「ムハンマド6-A」(2017年)および「ムハンマド6-B」(2018年)を保有し、これらはフランスとの連携で開発された。高解像度画像を提供できる能力を持ち、国土監視、国境警備、都市計画、環境モニタリングなどに活用されている。
モロッコの衛星計画は軍事的側面も含み、周辺諸国に対する戦略的優位の確保という意味でも重要視されている。また、民生分野での活用も拡大している。
カタール
カタールは2013年に「エスハイルサット-1」を打ち上げ、通信衛星分野に参入した。これはカタールのメディアネットワークおよび通信インフラを支えるために用いられており、次世代型衛星「エスハイルサット-2」も構想されている。
カタール宇宙庁の設立はされていないが、同国は軍民両用の通信衛星インフラ整備を継続しており、石油・ガス産業との連携も見込まれている。
バーレーン
バーレーンは比較的遅れて宇宙開発に参入したが、2021年には「ライト1(Light-1)」というキューブサット型の小型衛星をUAEと協力して国際宇宙ステーション(ISS)から放出する形で打ち上げた。この衛星は宇宙線の観測を目的としており、教育・研究目的の色が強い。
将来的には、独自の宇宙計画を構想しているが、現時点では多国間連携の枠組みの中での貢献が中心である。
ヨルダン
ヨルダンは2018年、学生たちによる超小型衛星「ジョーダンサット-1」の開発・打ち上げを成功させた。これは日本の宇宙機関との協力のもとで実施された国際教育プロジェクトの一環であり、国の宇宙産業の基礎形成に貢献した。
現在、ヨルダンは観測衛星や通信衛星の打ち上げ計画こそ持っていないが、教育・技術育成を通じた宇宙技術の吸収を続けている。
スーダン
スーダンは2019年に初の人工衛星「スーダンサット-1」を打ち上げた。中国の支援を受けて開発されたもので、地球観測用衛星として使用されている。農業、鉱業、自然資源の監視が主な目的であり、経済発展と国土管理に活用されている。
スーダン政府は宇宙技術を国家インフラの一部と位置付け、将来的には通信衛星の導入も視野に入れている。
チュニジア
チュニジアは2021年に初の人工衛星「チャレンジ・ワン(Challenge One)」を打ち上げた。この衛星はIoT(モノのインターネット)通信の実証を目的としており、国内企業が主導して開発した点で注目された。
同国は中小企業による宇宙産業参入を奨励しており、教育機関と連携して技術者育成を図っている。追加の衛星開発計画も進行中である。
クウェート
クウェートもまた2022年に初のキューブサット型衛星「カレッジ・サット1(QMR-KWT-1)」を打ち上げた。これは大学生と研究者による共同開発であり、宇宙環境の測定および教育・研究目的を持つ。
クウェートは通信衛星の導入計画もあるとされており、湾岸諸国の宇宙産業の一翼を担う可能性がある。
現在のアラブ諸国の人工衛星保有状況の一覧
国名 | 初打ち上げ年 | 主な人工衛星名 | 用途 |
---|---|---|---|
アラブ首長国連邦 | 2009年 | ドバイサット、ナヤフ、ホープ | 観測、通信、火星探査 |
サウジアラビア | 1985年 | アラブサット、サウジサット | 通信、観測、軍事 |
エジプト | 1998年 | ナイルサット、エジプトサット | 通信、観測 |
アルジェリア | 2002年 | アルサット、アルコムサット | 観測、通信 |
モロッコ | 2017年 | ムハンマド6-A/B | 高解像度観測 |
カタール | 2013年 | エスハイルサット | 通信 |
バーレーン | 2021年 | ライト1 | 研究 |
ヨルダン | 2018年 | ジョーダンサット | 教育 |
スーダン | 2019年 | スーダンサット | 観測 |
チュニジア | 2021年 | チャレンジ・ワン | IoT通信 |
クウェート | 2022年 | QMR-KWT-1 | 教育・観測 |
結論と展望
アラブ諸国における宇宙開発の潮流は、単なる模倣や技術移転にとどまらず、自主的な設計・製造・運用を志向する段階へと進化している。衛星を利用した通信インフラ整備、地球観測による気候変動対応、国防および情報収集、さらには惑星探査まで、その応用範囲は急速に広がっている。
今後、アラブ世界が共同で宇宙ステーション建設や月面探査といった先進的なプロジェクトに取り組む可能性も現実味を帯びてきており、国境を越えた連携と技術共有が重要となる。宇宙は、かつてないほどにアラブの未来を形づくる基盤となりつつある。