世界の経済的不平等は、地域によって大きな差異を見せるが、アラブ世界における経済状況も例外ではない。湾岸諸国の一部が石油収入によって高い生活水準を維持する一方で、他のアラブ諸国は依然として深刻な貧困に直面している。本稿では、国民一人あたりの国内総生産(GDP)、人間開発指数(HDI)、失業率、教育水準、インフラ整備の遅れなど、複数の経済指標に基づいて、現在最も貧しいアラブ諸国を包括的に分析する。
1. ソマリア
国民一人あたりのGDP(推定):300~500米ドル
主な課題:長年の内戦、政治的不安定、極度のインフラ不備

ソマリアは事実上「崩壊国家」とされ、政府機能は限定的である。内戦が1991年から続いており、武装勢力と政府との対立が社会基盤の破壊を加速させている。農業や漁業に依存するが、干ばつや洪水が繰り返され、食糧不安が慢性化している。教育や医療など基本的サービスもほとんど提供されていない。国民の過半数が極度の貧困層に属している。
2. スーダン
国民一人あたりのGDP(推定):600~800米ドル
主な課題:紛争、インフレ、経済制裁
スーダンは複数の紛争地域を抱え、特にダルフール地域では人道危機が続いている。さらに2023年以降は軍と準軍事組織の衝突が激化し、経済活動が停滞した。燃料、医薬品、食糧の不足が深刻であり、通貨は大幅に下落した。教育制度も脆弱で、失業率は若年層を中心に非常に高い。
3. イエメン
国民一人あたりのGDP(推定):800~1,000米ドル
主な課題:内戦、人道危機、飢餓
イエメンは2015年以降、政府と反政府武装組織(フーシ派)との間で激しい内戦に巻き込まれている。国民の約80%が人道支援に依存しているとされ、食糧、医療、教育すべてが崩壊的状況にある。世界最大級の人道危機と評され、子どもの栄養失調も深刻である。
4. モーリタニア
国民一人あたりのGDP(推定):1,200~1,500米ドル
主な課題:砂漠化、識字率の低さ、経済的依存
サハラ砂漠に広がるモーリタニアは、農業がほとんどできず、経済の中心は鉱業(特に鉄鉱石)に限られている。全体の貧困率は高く、農村部では極端な貧困状態にある。教育の普及が遅れており、特に女性の就学率は低い。都市部への人口集中によりインフラの整備も追いついていない。
5. コモロ
国民一人あたりのGDP(推定):1,400~1,800米ドル
主な課題:島嶼国ゆえの物流難、失業率の高さ
インド洋に浮かぶ小国コモロは、地理的孤立と資源不足が経済成長の大きな制約となっている。輸送コストが非常に高く、物価も安定しない。失業率は特に若年層で高く、経済の主軸は海外からの送金と農業である。医療や教育は整っておらず、技術者不足も深刻。
6. ジブチ
国民一人あたりのGDP(推定):1,900~2,100米ドル
主な課題:経済の偏重、貧富の格差
戦略的に重要な港湾を抱えるジブチは、中国、アメリカ、フランスなどの軍事基地が存在するが、その収益は国全体に還元されていない。富の集中が激しく、大多数の国民はインフラや教育・医療サービスから取り残されている。水資源も乏しく、食糧の多くを輸入に依存している。
7. シリア
国民一人あたりのGDP(推定):1,200~1,700米ドル(紛争前は約5,000米ドル)
主な課題:内戦、国際制裁、難民問題
2011年に始まった内戦によって、シリアの経済は壊滅的打撃を受けた。インフラは破壊され、都市機能が停止し、何百万人が国外へ難民として脱出した。残された国民の多くは仕事もなく、電力や医療などの基本的サービスすら享受できない状況である。
8. レバノン
国民一人あたりのGDP(推定):2,000~3,000米ドル
主な課題:国家財政の崩壊、インフレ、通貨危機
レバノンはかつて中東の「パリ」とも称されたが、2020年のベイルート港爆発事故と政府の腐敗により経済が完全に崩壊した。自国通貨は90%以上下落し、貯金や年金が消滅。医療や教育機関も資金難で機能不全に陥った。貧困率は60%を超え、かつての中間層が急激に没落している。
9. パレスチナ自治区(ガザ・西岸)
国民一人あたりのGDP(推定):約3,000米ドル(地域差あり)
主な課題:封鎖、失業率の高さ、戦闘の継続
特にガザ地区はイスラエルによる封鎖と度重なる戦闘により、経済活動がほぼ停止している。失業率は50%以上、若年層に限れば70%を超える。医療機関は資材不足で運営困難、電力供給も1日数時間のみ。海外からの援助が主な収入源であり、自立した経済基盤の構築が難しい。
10. モロッコ
国民一人あたりのGDP(推定):約3,500米ドル
主な課題:地方格差、教育・医療の不均等
モロッコは観光業や農業が盛んだが、地方との経済格差が著しい。都市部と農村部のインフラ、教育、医療へのアクセスには大きな差があり、特にアトラス山脈や南部地域では貧困率が高い。若年層の失業も顕著で、大学を卒業しても仕事がない状況が続いている。
比較表:アラブ世界における最貧国(主要指標)
国名 | 一人あたりGDP(米ドル) | 貧困率(推定) | 主な問題 |
---|---|---|---|
ソマリア | 300~500 | 約70%以上 | 内戦、インフラ不備 |
スーダン | 600~800 | 約60% | 紛争、インフレ |
イエメン | 800~1,000 | 約80% | 飢餓、医療崩壊 |
モーリタニア | 1,200~1,500 | 約50% | 教育の遅れ、砂漠化 |
コモロ | 1,400~1,800 | 約45% | 孤立、物流問題 |
ジブチ | 1,900~2,100 | 約40% | 富の集中、格差 |
シリア | 1,200~1,700 | 約80% | 戦争、国内避難 |
レバノン | 2,000~3,000 | 約60% | 通貨危機、政府腐敗 |
パレスチナ | 約3,000 | 約55% | 封鎖、失業 |
モロッコ | 約3,500 | 約30%(地方により異なる) | 地域格差、教育の遅れ |
これらの国々に共通する要因としては、「政治的不安定」「武力衝突」「教育・医療の未整備」「自然災害」「外部制裁や封鎖」などが挙げられる。経済開発の進展には、長期的な安定、安全保障、社会的インフラへの投資、国際社会との連携が不可欠である。また、国民一人ひとりのエンパワーメントと、包括的な教育の提供が、未来の貧困脱却の鍵を握っている。
参考文献:
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World Bank, “GDP per capita (current US$)”, https://data.worldbank.org/indicator/NY.GDP.PCAP.CD
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UNDP, “Human Development Reports”, https://hdr.undp.org
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IMF, “World Economic Outlook”
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国連人道問題調整事務所(OCHA)
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フリーダム・ハウス「Nations in Transit」
これらの資料は、日本語に翻訳されたものも含め、世界中の研究者や政策立案者が活用している信頼性の高い情報源である。日本の読者がこれらの問題について理解を深め、世界の貧困問題に関心を持つことが、国際連帯の一歩となるだろう。