世界観光機関(UNWTO)の最新データや各国の観光庁の報告をもとに、アラブ世界における観光業の実態と発展を分析すると、地域ごとに魅力や特色が大きく異なることが明らかになる。本稿では、観光客数、観光収入、観光インフラ、文化遺産、自然資源、治安、政策支援など複数の側面から評価し、世界の観光客にとって特に魅力的なアラブ諸国トップ10を包括的に紹介する。
サウジアラビア
近年、サウジアラビアは観光業への大規模な投資を行っている。特に「ビジョン2030」による経済多角化政策の一環として、観光分野の発展に注力している。宗教巡礼(ハッジ、ウムラ)に加え、紅海沿岸の新リゾート開発、歴史都市ディルイーヤの整備、アルウラ遺跡群の公開など、多様な観光資源を武器に、観光客数は急増している。女性観光客のビザ取得も簡素化され、近代的かつ伝統的な体験が共存する旅行先として注目を集めている。

アラブ首長国連邦(UAE)
ドバイとアブダビを中心にしたUAEの観光業は、すでに世界的に確立された存在である。ブルジュ・ハリファ、人工島パーム・ジュメイラ、高級ホテル群、国際的なイベント(EXPO、F1、アートフェアなど)などが年間数千万人を引き寄せている。また、無税政策や国際的な交通網(エミレーツ航空など)も観光拡大に寄与している。砂漠ツアーや伝統文化体験も外国人に人気で、リピーター率も高い。
モロッコ
モロッコは、地中海文化とアラブ・ベルベル文化が交差するユニークな旅行先である。マラケシュ、フェズ、カサブランカなどの歴史都市では、メディナ(旧市街)、スーク(市場)、宮殿、モスクなどが保存状態よく残されており、世界遺産に登録されている場所も多い。アトラス山脈の登山やサハラ砂漠でのキャンプ体験も観光の目玉であり、欧州からのアクセスの良さも手伝って、毎年1,000万人以上の観光客が訪れている。
エジプト
エジプトはピラミッド、スフィンクス、ルクソール神殿、アブ・シンベル神殿など、人類史における最重要遺産を擁する国である。ナイル川クルーズや紅海沿岸のリゾート地(シャルム・エル・シェイク、フルガダ)も人気が高く、観光はエジプト経済の根幹を成している。治安対策や空港インフラの強化が進み、欧米やアジアからの観光客も増加している。2023年には新しい「グランド・エジプト博物館」の開館が注目された。
チュニジア
チュニジアは地中海に面し、美しいビーチリゾートや古代遺跡群、そして豊かな食文化を誇る。特にカルタゴ遺跡やエル・ジェム円形闘技場などは、歴史と考古学に関心のある観光客を魅了してやまない。また、サハラ砂漠の玄関口として、ドゥーズなどから砂漠ツアーへの出発も可能である。欧州からの格安航空便が多く、フランス語が広く通用する点も欧州観光客にとって魅力となっている。
カタール
FIFAワールドカップ2022の開催を契機に、カタールは国際観光地としての地位を確立した。ドーハの近代的な都市設計と伝統市場「スーク・ワキフ」の融合、イスラム美術館や国立博物館など、文化芸術への投資が活発である。また、豪華ホテルや大型ショッピングモールの建設も進んでおり、ラグジュアリー志向の観光客にも支持されている。中東の中継地としての利便性も高い。
オマーン
オマーンはアラブ諸国の中でも自然景観に富んだ国である。ワディ(渓谷)、山岳地帯(ジャバル・アフダル)、インド洋に面した海岸線、そして歴史的な要塞都市など、多彩な魅力が詰まっている。観光インフラの整備も進みつつあり、静かで本物志向の旅行を求める層に特に人気が高い。さらに、治安の良さと地元民の親しみやすさが外国人観光客の満足度を高めている。
ヨルダン
ヨルダンには世界七不思議のひとつに数えられる「ペトラ遺跡」がある。岩をくり抜いて造られたこの都市遺跡は、まさに観光の目玉であり、世界中の考古学ファンを惹きつけてやまない。死海やワディ・ラムといった自然景観も豊かで、エコツーリズムや医療観光の分野でも注目されている。観光ビザの取得も比較的容易で、安全性が高いことも好感されている。
レバノン
政治的な不安定さにもかかわらず、レバノンは地中海と山岳地帯が交差する小国ながら、観光資源が非常に豊富である。首都ベイルートは「中東のパリ」とも称され、洗練されたカフェ文化やアートシーンが存在する。バールベック遺跡やビブロスの古代都市など、世界遺産級の歴史遺跡も各地に点在する。グルメやナイトライフも魅力的で、特に若年層観光客に人気がある。
バーレーン
バーレーンはペルシャ湾に浮かぶ小国でありながら、観光政策を積極的に展開している。古代ディルムン文明の遺跡や、世界最古の貝塚、伝統的な真珠産業など、文化的遺産が評価されている。また、国際的なF1グランプリや芸術フェスティバルの開催により、世界的な知名度も向上している。金融都市としての機能と観光の融合に成功している珍しい例である。
観光業の今後の展望と課題
アラブ世界における観光産業は、原油依存経済からの脱却や若年層の雇用創出といった観点から、今後ますます重要性を増すことが予想される。ただし、以下のような課題も存在する:
課題 | 説明 |
---|---|
治安と政治の安定 | 一部の国では政情不安が観光客減少の要因になっている。 |
観光インフラの整備不足 | 地方都市や自然資源へのアクセスの難しさが障害になっている。 |
環境保護と持続可能性 | 過度な開発による自然破壊や文化的アイデンティティの喪失への懸念。 |
国際的な広報活動の不足 | 世界市場への効果的なマーケティング戦略が不足している国が多い。 |
結論
アラブ世界には、歴史遺産、自然環境、近代都市、宗教文化など多様で魅力的な観光資源が豊富に存在する。経済多角化を進める中で、各国は観光業を国家戦略の一環として重視し始めており、インフラ整備やビザ政策の見直し、国際イベントの開催などが積極的に行われている。観光を通じた文化交流と経済発展の好循環が期待される中、日本の旅行者にとっても、アラブ諸国は今後ますます身近で魅力的な目的地となるだろう。