クーロンの法則(Coulombの法則)は、電気力学の基礎的な法則の一つであり、静電気的な相互作用を定量的に記述するための出発点となる物理法則である。この法則は、18世紀のフランスの物理学者シャルル=オーギュスタン・クーロン(Charles-Augustin de Coulomb)によって導き出され、彼の名前にちなんで命名された。クーロンの法則は、電荷を帯びた粒子同士がどのような力を及ぼし合うかを明確に定義し、後のマクスウェルの電磁気理論や現代物理学の電場・電荷概念の礎を築いた。
クーロンの法則の数学的表現とその意味
クーロンの法則は、2つの点電荷 q1 および q2 が真空中で距離 r 離れて存在するとき、互いに及ぼす静電気力 F の大きさを次の式で表す:
F=kr2∣q1q2∣
ここで、
-
F は電荷間の静電気力(ニュートン単位)
-
q1,q2 はそれぞれの点電荷(クーロン単位)
-
r は電荷間の距離(メートル単位)
-
k はクーロン定数で、
k=4πε01≈8.9875×109Nm2/C2
-
ε0 は真空の誘電率であり、
ε0≈8.854×10−12C2/(Nm2)
この式から明らかなように、力は電荷の積に比例し、距離の2乗に反比例する。これは万有引力の法則に似ているが、クーロン力には符号(正負)が存在する点が決定的に異なる。すなわち、
-
電荷が同符号(正正または負負)の場合は斥力が働く
-
電荷が異符号(正負)の場合は引力が働く
このベクトルとしての力の向きは、電荷の符号の組み合わせにより決定される。力は常に電荷間の直線上に働く。
クーロンの法則のベクトル形式
電場の方向や粒子の運動を考慮するには、力をベクトルとして取り扱う必要がある。ベクトル形式のクーロンの法則は以下のように表される:
F12=kr2q1q2r^12
ここで
-
F12 は電荷 q1 が電荷 q2 に及ぼす力
-
r^12 は電荷 q1 から q2 への単位ベクトル
このベクトル形式によって、空間的な配置に基づいた電荷間の相互作用を3次元的に解析することが可能となる。
クーロンの法則と電場の概念
電場(electric field)とは、空間中のある点に正の試験電荷を置いたときに、その電荷が受ける単位電荷あたりの力として定義されるベクトル量である。つまり、
E=qF
クーロンの法則を用いると、点電荷 Q によって生じる電場は次のように表される:
E=kr2Qr^
この電場の方向は、点電荷が正であれば外向き、負であれば内向きである。クーロンの法則は、このような電場の発生源としての電荷の役割を定式化する基本理論とも言える。
クーロン力と他の基本相互作用との比較
自然界に存在する4つの基本相互作用(重力、電磁力、強い力、弱い力)のうち、クーロンの法則で記述される電磁力は、特に原子スケールからマクロスケールにかけて広範に作用する力である。
| 相互作用の種類 | 媒介粒子 | 到達範囲 | 相対強度(重力を1とする) | 作用対象 |
|---|---|---|---|---|
| 重力 | グラビトン? | 無限 | 1 | 質量 |
| 電磁力 | 光子 | 無限 | 1036 | 電荷 |
| 強い力 | グルーオン | 極めて短距離(原子核内) | 1038 | クォーク |
| 弱い力 | W, Zボソン | 非常に短距離 | 1025 | レプトンなど |
この比較からも分かるように、電磁力(クーロン力を含む)は重力よりも圧倒的に強いが、正負の電荷が中和することでマクロなスケールでは打ち消し合う傾向がある。
クーロンの法則の実験的検証
クーロン自身は「ねじり秤(torsion balance)」という精密な装置を使って、点電荷同士の間に働く力が距離の2乗に反比例することを実験的に証明した。
今日では電子顕微鏡や高エネルギー加速器、ナノスケールの制御技術などを通じて、さらに精密な検証が行われている。
たとえば、電子と陽子の間に働く力をクーロンの法則に基づいて計算すると、約 2.3×10−8N という力が得られる。これは極めて小さい力であるが、電子のような質量の小さい粒子にとっては極めて大きな加速度を生じさせる。
誘電体と媒質中のクーロンの法則
真空中では前述の形のクーロンの法則が成り立つが、物質中では誘電体の性質がこの力に影響を及ぼす。媒質中のクーロンの法則は以下のように修正される:
F=4πε1⋅r2∣q1q2∣
ここで、
-
ε は媒質の誘電率であり、
ε=εrε0
-
εr は媒質の相対誘電率(比誘電率)
この修正によって、例えば水中では電荷間の力は空気中の約1/80程度にまで減少する。これは水の誘電率が高いためであり、生体内の電気的現象にも重要な影響を与えている。
クーロンの法則の応用例
1. コンデンサ
平行板コンデンサ内の電場の解析では、クーロンの法則と電場の積分によって、電気容量やエネルギー保存などの関係式が導かれる。
2. 原子模型
ボーアの水素原子模型では、電子が陽子の周りを円運動していると仮定し、その中心力をクーロン力とみなして運動方程式を導出する。このアプローチは水素スペクトルの理解に革命をもたらした。
3. 粒子加速器
加速器内で電子や陽子に対して外部電場を印加することで高エネルギー状態にする際も、基礎にはクーロンの法則が働いている。
4. 生体電気
神経伝達や細胞膜の電位差の形成にも、イオン間の電気的相互作用としてクーロン力が関与している。
数値例とその応用
以下の表は、異なる条件におけるクーロン力の計算例である:
| 電荷 q1,q2(C) | 距離 r(m) | クーロン力 F(N) |
|---|---|---|
| 1×10−6 | 0.01 | 89.9 |
| 2×10−6 | 0.05 | 7.2 |
| −1×10−6,1×10−6 | 0.02 | -22.5 |
負の値は引力であることを意味する。現実の応用では、このような力がミクロな粒子の配置や安定性に影響を与える。
おわりに
クーロンの法則は、単なる静電気の記述を超えて、電場や電磁気現象、さらには量子力学や化学的相互作用の解析の出発点となる理論である。この法則は、目には見えない電荷間の相互作用を定量的に記述し、人類が自然界を深く理解するための知的財産のひとつとして今なお活躍し続けている。
参考文献
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Jackson, J. D. Classical Electrodynamics, Wiley, 3rd Edition, 1998.
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Griffiths, D. J. Introduction to Electrodynamics, Pearson, 4th Edition, 2012.
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岡村 定矩 『電磁気学 I』、培風館、2001年
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東京大学理学部 物理学科 教材「電磁気学講義ノート」
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日本物理学会編『基礎物理学講座(電磁気学)』、丸善出版、2014年
