さまざまな芸術

サウジアラビアの民俗芸術

サウジアラビアの伝統文化は、その広大な地理、部族の多様性、長い歴史に根ざした非常に豊かな表現体系を持っている。特に、民衆の間で長年にわたり口伝され、保存されてきた「民俗芸術(フォークアート)」は、サウジアラビアの文化的アイデンティティの核心を成している。これらの芸術は、詩、音楽、舞踊、工芸、装飾、口承文学など、多岐にわたる分野に及び、それぞれの地方や部族ごとに異なる形で発展してきた。本記事では、サウジアラビアにおける代表的かつ包括的な民俗芸術の種類について、科学的かつ詳細に検討していく。


サウジアラビアにおける民俗舞踊の多様性

民俗舞踊は、祝祭や宗教的儀式、戦勝の喜び、結婚式、部族間の和解など、様々な社会的文脈の中で演じられてきた。その中でも最も有名なのが「アル=アルダ」と呼ばれる伝統的戦士舞踊である。

アル=アルダ(戦士の舞)

アルダは剣を持った男性たちが、列をなして太鼓や詩の朗読に合わせて踊る儀式的な舞踊である。特にナジュド地方では「アルダ・ナジュディーヤ」がよく知られており、王族の行事や国家の記念式典において披露されることが多い。踊りの際には、詩の朗読者が即興で英雄的な詩や戦の物語を朗誦し、それに合わせて太鼓が打たれる。身体の動きは統一されており、勇ましさと威厳を象徴する。

アル=ハジャラ(南部の打楽舞)

アスィール地方など南部に広がる山岳地帯では、太鼓と手拍子を伴う「ハジャラ」という舞踊が伝統的に行われている。この踊りでは、参加者が輪になり、リズミカルに手を打ち鳴らしながら足を踏み鳴らす。音楽は単純だが力強く、山岳部族の連帯感を強く反映している。

アル=ヤワラ(剣の舞)

東部地域を中心に伝承されている「ヤワラ」は、剣や短剣を用いて行われる舞踊であり、踊り手が剣を手にして高く掲げたり、くるくると回転させたりする。ヤワラは戦士の勇敢さを誇示する象徴的な芸術であり、観客の間に畏敬の念を抱かせる。


音楽と詩の伝統

サウジアラビアの民俗芸術において音楽と詩の関係は極めて深い。音楽は単なる娯楽ではなく、詩を表現し、社会的・宗教的な意義を伝える重要な手段である。

ナブティ詩(口承詩)

ナブティ詩はベドウィン社会で伝統的に口承されてきた即興詩であり、愛、忠誠、英雄、自然、部族の誇りなどをテーマにしている。詩人は即興で韻律を整え、観客の心を打つような情緒的な詩を披露する。音楽的要素を伴うことも多く、詩の朗読がそのまま歌として演じられることもある。

ルーバ(リズム詩)

西部のヒジャーズ地方では、複数の詩人が対話形式で詩を詠み合う「ルーバ」が盛んであった。これは現代のラップバトルに類似する構造を持ち、知恵と機転が問われる文化的遊戯である。伴奏としては、ウード(弦楽器)や手拍子が用いられ、観衆が評価を与える。

伝統楽器

以下の表に、代表的なサウジアラビアの伝統楽器を示す。

楽器名 説明
ラバーバ 弓で弾く一弦の擦弦楽器。詩の伴奏に用いられる。
ミルファ 金属製の打楽器。アルダなどの舞踊で使用される。
タブール 両面太鼓。リズムの中核を担う。
ウード リュート型の弦楽器。詩や歌の演奏に欠かせない。

民俗衣装と身体装飾

民俗芸術には視覚的要素も強く、衣装や身体装飾は文化的意味と審美的価値を兼ね備えている。

男性の伝統衣装

アルダやヤワラなどの舞踊では、男性は白いトーブ(ローブ)に加え、肩に刺繍入りのサッシュ(ベルト)や剣帯をつける。頭部には赤白のシュマグ(ヘッドスカーフ)やアガール(黒い輪)を装着し、威厳と格式を示す。

女性の刺繍文化

南部や西部では、女性が着用する民族衣装(トァーブ)は鮮やかな刺繍で彩られ、地域ごとに異なるパターンが存在する。これらの刺繍は、色や模様を通してその女性の所属する部族や既婚・未婚の状態を示す役割を果たしている。


工芸と民俗的装飾芸術

民俗芸術には手工芸も含まれ、実用性と装飾性を兼ね備えた作品が多数存在する。

織物とカーペット

ベドウィン女性たちはラクダの毛や羊毛を用いて、テント用の織物やカーペットを制作してきた。これらの織物には幾何学模様が多く用いられ、それぞれに象徴的意味が込められている。

木工と建築装飾

ナジュド地方では、土を主成分とする建築の中に、複雑な木彫りの扉や窓枠が見られる。特に木製の扉には繁栄や魔除けを意味する文様が彫り込まれている。


現代における継承と変容

サウジアラビア政府は、近年急速に変化する社会の中で、民俗芸術の保護と継承を国家戦略として位置づけている。例えば、リヤドやジェッダなどの都市では、伝統芸能フェスティバルや文化イベントが開催され、若者や観光客に向けて民俗芸術の体験が提供されている。

また、「サウジ・ビジョン2030」の文脈では、地域文化を観光資源として活用する政策が進められており、アルダのような舞踊が国家の象徴として国際的に紹介される機会も増えている。これにより、民俗芸術がただの過去の遺産ではなく、現代社会の文脈の中でも生きた文化として再解釈されている。


おわりに

サウジアラビアの民俗芸術は、過去と現在をつなぐ文化的橋梁である。その多様性と奥深さは、単なる伝統の保存にとどまらず、地域のアイデンティティ形成、社会的結束、さらには国際文化交流の推進にも貢献している。舞踊、音楽、詩、工芸、装飾といったあらゆる分野で見られるこれらの民俗芸術は、サウジアラビアという国の魂を語る生きた証言である。そしてこれらを守り、次世代に伝えていくことこそが、真の文化の継承なのである。


参考文献:

  • アブドゥルアジーズ王立民俗研究センター報告書(2022)

  • サウジ文化省文化遺産局『サウジアラビアの民俗舞踊と詩歌』(2021)

  • UNESCO公式サイト「Intangible Cultural Heritage」アーカイブ

  • ファイサル大学文化人類学部論文誌 第32巻(2020年)

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