本格的なシリア風カシュタ( القشطة )の作り方:伝統と技術が融合した濃厚クリームの秘密
シリアの伝統的なスイーツに欠かせない存在、それが「カシュタ(القشطة)」と呼ばれる濃厚で滑らかなクリームである。中東各地で広く親しまれており、パイやバクラワ、カタイフ、ナマウラ、マムールなど、さまざまな菓子に使われている。日本の生クリームともカスタードとも異なるその独特の風味とテクスチャーは、一度食べると忘れられない魅力を持つ。
本記事では、シリア家庭で長年受け継がれてきた伝統的な製法に基づき、材料の選び方から火加減、冷却のコツまでを網羅した完全なカシュタの作り方を科学的かつ実用的に解説する。
材料(およそ500g分)
| 材料名 | 分量 | 備考 |
|---|---|---|
| 牛乳 | 1リットル | 脂肪分3.5%以上が理想的 |
| コーンスターチ | 4大さじ | 小麦粉や米粉でも代用可能 |
| 生クリーム | 200ml | 無糖、乳脂肪35%以上が望ましい |
| グラニュー糖 | 大さじ2 | 甘さはお好みで調整可能 |
| ローズウォーター | 小さじ1 | 省略可能、香り付け用 |
| モッツァレラチーズ | 50g(任意) | 伸びを良くしたい場合 |
手順
① コーンスターチを牛乳に溶かす
まず鍋に牛乳を注ぎ、火にかける前にコーンスターチを加えてよくかき混ぜる。ダマにならないよう、泡立て器を使用して完全に溶けきるまで混ぜることが重要である。
科学的に言えば、この段階でコーンスターチの粒子は水分を吸収し、糊化の準備状態にある。糊化とは、でんぷんが熱と水により粘性を持つ現象であり、カシュタの滑らかな質感にとって不可欠である。
② 中火で加熱しながら絶えず混ぜる
混合液を中火にかけ、泡立て器または木べらで絶えず混ぜる。とろみが出るまで加熱するのだが、ここでの火加減とタイミングが極めて重要である。沸騰直前(約90〜95℃)にとろみが急激に増すが、焦がさないよう注意しなければならない。
もし温度計がある場合は、目標温度を正確に測定すると再現性が高くなる。でんぷんの糊化は約65〜85℃で始まり、85℃を超えると急激に粘性が高まるため、そのポイントを逃さないことがポイントである。
③ 生クリームを加え、さらに加熱する
とろみが出たら、生クリームを少しずつ加えながら混ぜる。ここでも焦らず、均一に混ざるように慎重に行う。生クリームが加わることで、テクスチャーがよりなめらかになり、口当たりが一層クリーミーになる。
沸騰させないことが大切である。乳脂肪が分離する可能性があり、クリームが滑らかさを失うからだ。
④ 風味付けとオプション材料の追加
この段階でローズウォーターを加えることで、伝統的なシリア菓子らしい芳香が加わる。また、独特の「伸び」を持たせたい場合、モッツァレラチーズを加えて溶かす方法もある。これは「アッサラーヤ」など一部のレバント菓子で使用されるテクニックであり、モチモチ感を生む。
⑤ 冷却と保存
火から下ろしたら、すぐにガラスやセラミック製の容器に移し、表面にラップフィルムを密着させる。これは表面の乾燥や膜の形成を防ぐためである。粗熱が取れたら冷蔵庫で3〜4時間以上冷やす。
保存期間は冷蔵で3日以内が推奨される。冷凍保存は可能だが、解凍時に分離することがあるため、使用前によく撹拌する必要がある。
応用:カシュタの活用法
| 使用例 | 説明 |
|---|---|
| バクラワの詰め物 | ナッツの代わりにクリーミーな食感を楽しめる |
| カタイフのフィリング | ラマダンで人気のスイーツ、揚げたカタイフに詰めてシロップと共に |
| フルーツとの組み合わせ | イチゴやバナナと共に盛り付ければ、簡単デザートになる |
| ナマウラやマムール | デーツだけでなく、カシュタ入りもモダンアレンジとして注目されている |
化学的背景:なぜこの製法で滑らかさが出るのか
滑らかでなめらかなカシュタを実現する鍵は、でんぷんの「糊化」と「乳化」である。コーンスターチを適温で加熱することで、でんぷんの粒子が水を吸収し膨張し、粘性を持つゲル状になる。一方、生クリーム中の脂肪はこのでんぷんゲルに包み込まれることで、均一なテクスチャーとなる。
また、温度管理が不適切だと、分離やダマの原因となる。特に高温ではタンパク質が変性し、分離しやすくなるため、丁寧な火加減が求められる。
栄養価(100gあたりの推定値)
| 項目 | 含有量 |
|---|---|
| エネルギー | 約180kcal |
| 脂質 | 12g |
| 炭水化物 | 14g |
| タンパク質 | 3g |
| カルシウム | 約120mg |
カシュタは高脂肪・高エネルギーな食品であるが、カルシウムやタンパク質も多く含まれており、特に成長期の子どもやエネルギー消費の多い人に適している。
まとめ
シリア風のカシュタは、単なるクリームではなく、伝統と技術が融合した豊かな食文化の象徴である。その滑らかさとコクは、単なる材料の組み合わせでは得られない。温度、比率、タイミングのすべてが重要であり、科学的な理解と実践を通してのみ、理想的な仕上がりを得ることができる。
家庭で本格的な中東スイーツを再現したいのであれば、まずこのカシュタ作りから始めてみてほしい。数千年にわたる食の歴史が詰まった一皿が、あなたの食卓を豊かにしてくれるだろう。
参考文献
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Abou-Gharbia, H. A., et al. (2013). Traditional dairy products in the Middle East: processing and quality. Food Chemistry, 141(3), 2301-2307.
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FAO. (2019). Milk Processing Guide Series. Food and Agriculture Organization of the United Nations.
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Al-Otaibi, M. M. (2012). Physical and sensory properties of traditional and modern Middle Eastern desserts. Journal of Dairy Science and Technology, 94(2), 165-171.
