ビタミンとミネラルの摂取源

セレンの存在場所と食品

セレン(セレニウム)の存在場所とその重要性に関する科学的考察

セレン(Selenium、記号:Se)は、地球上に微量に存在する必須微量元素のひとつであり、その生物学的機能と健康への影響については数多くの研究がなされている。1943年に哺乳類にとって不可欠な栄養素であることが発見されて以降、セレンは酸化ストレスの制御、甲状腺機能の維持、免疫機能の強化、さらにはがんや心疾患の予防に関わる可能性が示されてきた。本稿では、セレンが自然界のどこに存在し、どのようにして人間の体内に取り込まれるのか、そしてその生理的役割について、最新の科学的知見に基づいて包括的に論じる。


1. セレンの地球上での存在形態と分布

セレンは、自然界では主に硫化鉱物中に微量に含まれている。特に銅鉱石(チャルコパイライト)や鉛鉱石などの精錬副産物として回収されることが多い。純粋な元素として地殻中に多く存在するわけではないが、特定の地域の土壌や岩石には比較的高濃度で存在する場合がある。

主なセレンの存在場所:

分類 存在場所の例
鉱物 チャルコパイライト、セレン化銀鉱、ガリーナなど
土壌 北アメリカ、中国の一部地域、フィンランドなど
海水 非常に微量(0.1〜0.4 µg/L)
火山灰 火山活動に伴い大気中へ放出される
植物 セレン吸収性が高い種(セレン吸収植物:アストラガルス属など)
動物 食物連鎖を通じて蓄積(特に肝臓や腎臓に高濃度)

2. セレンを含む食品

土壌中のセレン濃度によって、植物および動物性食品のセレン含有量は大きく異なる。たとえば、セレンが豊富な土壌で育った穀物や牧草を餌とした動物は、体内に高濃度のセレンを蓄積する傾向がある。

代表的なセレン豊富食品:

食品カテゴリ 食品名 推定セレン含有量(µg/100g)
ナッツ類 ブラジルナッツ(特にアマゾン産) 1917(1粒で1日の推奨量超過)
魚介類 マグロ、イワシ、カツオ、サーモンなど 36〜92
肉類・内臓肉 牛レバー、豚腎臓、鶏肉 20〜55
穀類・豆類 全粒小麦、大豆、レンズ豆、玄米 5〜18
乳製品・卵 卵黄、牛乳、チーズ 1〜10

特にブラジルナッツは世界で最もセレン濃度が高い食品であり、摂取には注意が必要である。過剰摂取は**セレン中毒(セレノーシス)**を引き起こす危険があるため、1日1〜2粒が推奨量とされている。


3. セレンの吸収と生理的役割

セレンは主に小腸上部で吸収され、血流に取り込まれるとセレノタンパク質に組み込まれて全身に分布される。人体内では約25種類以上のセレノタンパク質が存在し、その多くが酵素的活性を持ち、以下のような重要な役割を担っている。

セレンの主要機能:

  • 抗酸化作用: セレノ酵素(例:グルタチオンペルオキシダーゼ)が細胞の酸化的損傷を防止

  • 甲状腺ホルモンの活性化: ヨードチロニン脱ヨウ素酵素によりT4をT3に変換

  • 免疫調整: ナチュラルキラー細胞やT細胞の活性を高める

  • 老化防止・神経保護: 細胞死の抑制、ニューロンの保護

  • 生殖機能維持: 精子形成や男性不妊の防止に関与


4. セレンの摂取基準と欠乏症・過剰症

日本人の食事摂取基準(2020年版)によれば、セレンの推奨摂取量は以下のとおりである:

年齢層 男性(µg/日) 女性(µg/日)
成人(18歳以上) 30 25
妊婦 30
授乳婦 35

セレン欠乏症は、中国の一部地方(カシン・ベック病や克山病)で顕著に報告されており、筋骨格系や心筋に深刻な障害をもたらす。近年では、がんやHIV感染症患者における補助療法としての有効性も研究されている。

一方、セレンの過剰摂取は嘔吐、脱毛、神経症状、爪の変形、口臭(ガーリック臭)などを伴い、長期にわたる過剰摂取は健康を著しく害する。上限摂取量は成人で400 µg/日とされている。


5. 地理的視点から見たセレンの存在量と栄養状態

地域によって土壌のセレン濃度には大きな差があるため、食物連鎖全体のセレン含有量も変動する。北米、フィンランド、カナダの一部では土壌が比較的セレン豊富であるのに対し、中国やニュージーランドの一部ではセレン欠乏地域が知られている。

これにより、セレン強化食品や肥料(Se-enriched fertilizer)が用いられることもある。フィンランドでは1984年から国家政策として農業用肥料にセレンを添加し、国民のセレン摂取量が顕著に改善された例がある。


6. 結語:セレンの存在を理解することの意義

セレンは微量ながら生命維持に不可欠な元素であり、その供給源は地理的・環境的要因に強く依存している。適切な摂取量を維持するためには、バランスの取れた食生活に加え、土壌環境や食品産地に対する知識も重要である。

セレンの豊富な食品を適量摂取することで、免疫力向上や慢性疾患の予防、老化抑制といった多方面にわたる健康効果が期待できる。今後の研究とともに、パーソナライズド栄養学の中でのセレンの役割にも注目が集まるだろう。


参考文献:

  1. Rayman, M.P. (2012). Selenium and human health. The Lancet, 379(9822), 1256-1268.

  2. 日本食品標準成分表 2020年版(八訂)

  3. 日本人の食事摂取基準(2020年版)厚生労働省

  4. Fordyce, F. (2007). Selenium geochemistry and health. Ambio, 36(1), 94–97.

  5. Combs, G.F. Jr. (2001). Selenium in global food systems. British Journal of Nutrition, 85(5), 517–547.

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