痔核(いわゆる“いぼ痔”)の完全かつ包括的な治療ガイド:原因、症状、診断、保存療法から手術まで
痔核(じかく)、通称「いぼ痔」は、日本における肛門疾患の中で最も頻度が高いものである。成人の半数以上が生涯のうちに一度は経験するとされており、その罹患率は年齢とともに上昇する。多くの人が羞恥心から診察をためらうが、早期に適切な治療を受けることで、症状を軽減し、生活の質を向上させることが可能である。本稿では、痔核に関する最新の医学知見に基づき、その原因、症状、診断法、治療法、予防策までを徹底的に解説する。

痔核とは何か?
痔核は、肛門の内外に存在する静脈叢(じょうみゃくそう)が拡張・うっ血し、こぶ状になった状態を指す。内痔核(直腸粘膜の内側にできる)と外痔核(肛門の外にできる)の2つに大別される。内痔核は痛みが少ない一方で出血を伴いやすく、外痔核は強い痛みを伴うが出血は少ない傾向にある。
主な原因
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排便習慣の乱れ
長時間のいきみや便秘、下痢などが肛門への圧力を高め、静脈のうっ血を引き起こす。 -
長時間の座位
デスクワークやトラック運転手など、長時間同じ姿勢で座ることが多い職業はリスクが高い。 -
妊娠・出産
妊娠中はホルモンの影響で便秘が起きやすく、子宮が肛門周囲の静脈を圧迫することで痔核を助長する。 -
加齢
年齢とともに肛門周囲の支持組織が弱くなり、静脈叢が拡張しやすくなる。 -
遺伝的要因
家族歴がある人は、静脈の弾力性に問題があることが多い。
症状
症状 | 内痔核 | 外痔核 |
---|---|---|
出血 | ◎(排便時に鮮血) | △(まれ) |
痛み | △(進行すれば痛む) | ◎(特に血栓性外痔核) |
脱出 | ◎(重度で突出) | × |
かゆみ | △ | ◎ |
違和感 | ◎ | ◎ |
診断法
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問診
排便習慣、出血の有無、痛み、妊娠歴などを確認する。 -
視診および触診
外痔核は視診で確認可能。内痔核は肛門鏡を用いて直視する。 -
肛門鏡検査
小型の鏡を使って、内痔核の位置・大きさ・出血の有無を観察。 -
直腸指診
医師が手袋をはめ、指で肛門内部を触れて確認する。 -
大腸内視鏡検査(必要に応じて)
出血が続く場合や大腸がんとの鑑別のために行われる。
保存的治療(軽度〜中等度)
1. 食事療法
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食物繊維の摂取を増やし、便通を改善する(野菜、果物、全粒穀物など)。
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水分を一日1.5〜2L摂取することで、便を柔らかくする。
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香辛料やアルコール、カフェインは控える。
2. 排便習慣の改善
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長時間のいきみを避ける(排便時間は5分以内が理想)。
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毎日同じ時間にトイレに行く習慣をつける。
3. 入浴と温熱療法
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毎日の温浴(座浴)で血行を促進し、症状を緩和。
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清潔保持と同時に、肛門周囲の筋肉を弛緩させる効果がある。
4. 外用薬・内服薬
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外用薬:軟膏や坐薬(ヒドロコルチゾン、リドカインなど)が腫れや痛みを緩和。
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内服薬:止血剤や静脈還流を改善する薬(フラボノイドなど)が有効。
手術的治療(重度または保存療法無効時)
手術法 | 特徴 | 適応 |
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結紮切除術(Milligan-Morgan法) | 最も一般的。痔核を根本から切除。 | 内痔核3〜4度 |
ドップラーガイド下結紮術(HAL法) | 動脈を結紮して血流を遮断。痛みが少ない。 | 中等度の内痔核 |
痔核硬化療法(ジオン注) | 注射で痔核を萎縮させる。日帰り可。 | 内痔核1〜3度 |
ゴム輪結紮術(RBL) | ゴムで痔核根部を締めて壊死させる。簡便。 | 内痔核1〜2度 |
レーザー治療 | 痔核を焼灼。痛み少、回復早。 | 一部の外痔核・小さな内痔核 |
術後管理と合併症の予防
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痛み管理
手術後の痛みには鎮痛剤(NSAIDsなど)を適切に使用。 -
排便コントロール
術後の便秘予防には緩下剤(酸化マグネシウムなど)を処方。 -
出血対策
特に術後2〜5日目に再出血のリスクが高いため、排便後の注意が必要。 -
感染予防
肛門周囲は菌が多いため、感染予防に抗菌薬や洗浄を徹底。 -
再発予防
食生活や運動習慣の見直しにより、再発率を大きく低減可能。
再発を防ぐ生活習慣
習慣 | 具体例 |
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食事 | 食物繊維の摂取、適度な脂質、過度な辛味・刺激物の制限 |
排便 | 我慢しない、トイレでのスマホ禁止、便意に従う |
運動 | 週3回以上の有酸素運動(ウォーキング、ストレッチ) |
体重管理 | 肥満は腹圧を高め、痔核悪化の原因に |
長時間の座位回避 | デスクワーク中に定期的な立ち上がりやストレッチを |
現代医療の動向と新技術
最新の医療技術では、従来の痛みを伴う切除術から、より低侵襲かつ日帰りでの治療が主流となってきている。特にジオン注やHAL法の普及により、入院を避けつつ高い治療効果を得られるようになっている。また、AIによる診断補助や個別化医療(パーソナライズドメディスン)も進行中であり、将来的にはより痛みの少ない治療が期待されている。
結語
痔核は恥ずかしい疾患と思われがちだが、実際には誰にでも起こりうる極めて一般的な病気である。早期発見・早期治療によって予後は非常に良好であり、適切な生活習慣の継続により再発も防げる。最も重要なのは、恥ずかしさに負けず、専門医に相談する勇気を持つことである。
参考文献
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日本大腸肛門病学会編『痔核診療ガイドライン2020』
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厚生労働省:肛門疾患に関する調査報告書(2023年)
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S. Lohsiriwat. “Hemorrhoids: from basic pathophysiology to clinical management.” World J Gastroenterol. 2012 Jan 7;18(17):2009–17.
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高橋健太「最新の痔核治療と患者満足度」日本外科年報, 2021年