学士号「バチェラー(Baccalaureus)」とリサンス(Licence)の違い:完全かつ包括的な考察
大学教育を受けた人なら誰もが一度は耳にする「学士号」。しかし、その学士号にも複数の呼称があり、ときに混乱を招く。「バチェラー(バカロレアス)」と「リサンス」という用語は、しばしば同義語として扱われがちであるが、歴史的背景や地理的・教育制度上の違いに基づくと、両者には明確な区別が存在する。この記事では、バチェラーとリサンスの概念を根本から解明し、両者の違いを包括的かつ系統的に探究する。

起源と語源的背景
まず両者の語源に立ち返ってみよう。「バチェラー(Baccalaureus)」は中世ラテン語であり、英語の「Bachelor」に相当する。もともとは「下位の騎士」あるいは「学徒」を意味していたが、後に大学制度における最初の学位として定着した。
一方、「リサンス(Licence)」はフランス語に由来し、ラテン語の「Licentia docendi(教授の許可)」を語源とする。中世ヨーロッパの大学において、一定の試験を通過した者に対して「教授の資格」を与える制度として導入された。このため、リサンスには「教授資格」あるいは「専門的な知的能力の認定」といった意味合いが込められている。
地理的な使用範囲と制度の違い
バチェラー(Bachelor / Baccalaureus)の適用範囲
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使用地域:アメリカ合衆国、イギリス、カナダ、オーストラリア、ドイツ、日本などの英語・ドイツ語圏を中心とした多くの国々。
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学位体系:通常は3〜4年の課程を修了した者に授与される初等高等教育学位。
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一般的な種類:
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Bachelor of Arts(文学士)
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Bachelor of Science(理学士)
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Bachelor of Engineering(工学士)など
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リサンス(Licence)の適用範囲
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使用地域:フランス、チュニジア、アルジェリア、モロッコ、セネガルなど、フランス語圏の多くの国々。
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学位体系:ボローニャ・プロセス導入後、学士相当の初等高等教育学位として位置づけられている。通常は3年制。
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一般的な種類:
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Licence en Droit(法学リサンス)
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Licence en Lettres(文学リサンス)
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Licence en Sciences(理学リサンス)など
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教育課程の構成と修了要件
比較項目 | バチェラー(Bachelor) | リサンス(Licence) |
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学習年限 | 通常3〜4年 | 通常3年 |
教育制度との対応 | 米英独の学士課程に準拠 | フランス式LMD制度の「L」に該当 |
評価方式 | GPA制、単位制 | ECTS制(欧州単位互換制度) |
専攻の多様性 | 極めて多様、選択の自由が高い | カリキュラムが比較的固定されている |
進学の可否 | 修了後、修士課程へ進学可能 | 修了後、Master課程への進学が可能 |
国際的認知度 | 非常に高い | 欧州および旧仏植民地圏に限定的 |
国際的な認証と制度統一の試み
2000年代以降、ヨーロッパでは高等教育制度の統一を目指す「ボローニャ・プロセス」が開始され、これによりLMD制度(Licence-Master-Doctorat)が導入された。これは、アメリカ型のBachelor-Master-PhD体系に相当するものである。
その結果、リサンスもバチェラーと同等の位置づけがなされるようになった。たとえば、ユネスコや欧州高等教育圏(EHEA)においては、両者ともに「第一サイクルの高等教育学位」として認定されている。
ただし、依然として各国の学位の「質」や「カリキュラム内容」には大きなばらつきがあり、単純な「同一視」はできない点に留意する必要がある。
日本における位置づけと認知度
日本では、基本的にバチェラー制度を採用している。つまり、日本の大学を卒業して得られる「学士」は、英語圏のBachelorと実質的に同等である。
一方、「リサンス」という語は一般的には用いられていない。だが、留学や国際的な学位換算(Academic Credential Evaluation)を行う際には、仏語圏出身者が取得したLicenceが、文部科学省やJASSOなどで「学士相当」として評価されることが多い。
実務的観点からの比較
国際的に仕事をするうえで、学位名称は非常に重要な意味を持つ。特に履歴書や職務経歴書に記載する際は、単に「Licence」または「Bachelor」と記すだけでなく、(仏式/英式のいずれであるか)や、取得国・大学名を明記することで、誤解や過小評価を防ぐことができる。
また、認証機関(例:WES, NARIC)を通して「同等性証明(Equivalency Certificate)」を取得することは、国際的な転職や大学院進学において非常に有用である。
現代の高等教育における役割と課題
バチェラーとリサンスの違いを正しく理解することは、単に語彙や呼称の問題にとどまらない。それぞれの制度が背負ってきた教育哲学、国民国家の形成、そして職業資格制度との連携など、多面的な意味を有する。
また、グローバル化が進む現在、学位の国際的な互換性と透明性は今後ますます重要になる。したがって、両制度間の「違い」を超えた「橋渡し」の構築が急務である。たとえば、日本国内でも「ダブルディグリー・プログラム」や「ジョイントディグリー制度」などを活用することで、バチェラー/リサンス両制度の特性を取り入れた教育が可能となる。
結論
「バチェラー」と「リサンス」は、どちらも初等高等教育を修了したことを示す重要な学位である。両者はその語源、制度的背景、教育哲学、評価基準において差異があるが、近年の教育制度の国際統一の流れにより、実質的な「学士相当」としての地位は共有されつつある。
日本人にとってこれらの用語を正確に理解することは、海外進学・国際就職・学術交流において不可欠であり、今後ますます重要性を増していくに違いない。
参考文献:
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UNESCO, International Standard Classification of Education (ISCED), 2011
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European Commission, The Bologna Process and the European Higher Education Area, 2020
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文部科学省「学位授与に関する制度概要」
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WES(World Education Services)評価基準
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大学アクレディテーション機構「国際的学位比較に関する報告書」