辛味と独特の香りで知られる「マスタード(和名:からし、または英語名:マスタード)」は、料理にアクセントを加えるだけでなく、古くから健康を支える食材としても重宝されてきた。西洋医学のみならず、東洋医学、アーユルヴェーダや中国の伝統療法でもその薬効が注目されており、最近では栄養科学の観点からも数々の健康効果が明らかになっている。本稿では、マスタードの成分や栄養価、そして最新研究を踏まえた健康へのメリットを科学的かつ包括的に論じる。
マスタードの基本構成と栄養成分
マスタードにはいくつかの種類があり、大別すると「イエローマスタード」「ブラウンマスタード」「ブラックマスタード」の3種が存在する。それぞれ風味や辛味が異なるが、健康効果において共通する点も多い。主に使用されるのはマスタードシード(種子)であり、乾燥させて粉末状にしたものや、ペースト状にして加工したものが一般的である。

主な栄養成分(100gあたりの目安):
成分名 | 含有量 | 主な作用 |
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食物繊維 | 12g | 整腸作用、血糖値・コレステロール低下 |
オメガ3脂肪酸 | 2.5g | 抗炎症、心血管保護 |
セレン | 208μg | 抗酸化作用、免疫強化 |
マグネシウム | 266mg | 筋肉と神経の機能維持 |
カルシウム | 266mg | 骨の健康、筋肉収縮 |
フィトケミカル(イソチオシアネートなど) | 多量 | 抗酸化、抗癌、解毒作用 |
1. 消化促進と腸内環境の改善
マスタードは消化酵素の分泌を刺激し、胃腸の働きを活性化する作用がある。とくにイソチオシアネートという成分は、肝臓における解毒酵素を促進すると同時に、腸内における有害菌の抑制にも貢献する。これにより、便通の改善や膨満感の緩和、さらには腸内フローラの正常化が期待できる。
さらに、マスタードに含まれる食物繊維はプレバイオティクスとして機能し、善玉菌(ビフィズス菌、乳酸菌など)の増殖を助ける。
2. 抗炎症作用と関節の健康維持
マスタードにはセレノプロテインを構成するセレンが豊富に含まれており、これが細胞の酸化ストレスを軽減し、慢性的な炎症の進行を防ぐ。さらに、オメガ3脂肪酸も含まれているため、リウマチ性関節炎などの慢性炎症疾患の症状を緩和する働きがあるとされる。
動物実験および小規模なヒト試験では、マスタードオイルの局所使用が関節痛の緩和に寄与することも報告されている。
3. 心血管系への好影響
マスタードの種子やオイルに含まれるモノ不飽和脂肪酸とオメガ3脂肪酸は、悪玉コレステロール(LDL)を低下させ、善玉コレステロール(HDL)を増加させることがわかっている。これにより、動脈硬化や高血圧、心筋梗塞、脳卒中といった生活習慣病の予防に大きく貢献する。
さらに、抗酸化作用の高いセレンやマグネシウムが血管の弾力性を保ち、血流を円滑にする。
4. 抗がん作用と細胞保護
イソチオシアネートには強力な発がん抑制効果があることが、数々の試験で実証されている。とくに、マスタードシードに含まれる**シニグリン(sinigrin)**というグルコシノレート化合物は、がん細胞のアポトーシス(細胞死)を誘導し、腫瘍の増殖を抑える作用がある。
以下のがん種において有望な研究結果が報告されている:
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結腸がん
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前立腺がん
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乳がん
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肺がん
参考文献:
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Fahey JW, et al. (2015). “Isothiocyanates: Mechanism of cancer prevention”. Phytochemistry Reviews.
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Zhang Y. (2010). “Cancer-preventive isothiocyanates: Measurement and biological activity”. Food & Chemical Toxicology.
5. 免疫機能の強化
マスタードに含まれるミネラル(セレン、亜鉛、鉄)は、白血球の生成と活性化を促進し、免疫システムを全体的に強化する。とくにセレンはウイルスに対する防御機能を高め、インフルエンザや風邪の予防に効果的であるとされる。
6. 血糖コントロールと糖尿病対策
いくつかの臨床試験では、マスタードの種子やオイルの摂取が食後血糖値の上昇を抑制する作用を示している。これは、マスタードに含まれる化合物がα-グルコシダーゼという消化酵素の働きを阻害し、糖の吸収速度を緩やかにするためと考えられている。
さらに、インスリン抵抗性を改善する可能性も報告されており、糖尿病予備軍の人々にとって有益な食品といえる。
7. 肝機能とデトックス作用
マスタードは肝臓の解毒酵素群である**グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)**を活性化し、体内に蓄積された毒素や重金属の排出を助ける。この機能は、過剰なアルコール摂取や環境汚染に曝露された現代人にとって、極めて重要な防御機構である。
8. 抗菌・抗ウイルス特性
伝統的には、マスタードペーストやオイルは天然の抗菌剤として用いられてきた。現代の研究でも、マスタードオイルが黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)や大腸菌(E. coli)に対して抗菌作用を示すことが確認されている。
口腔内の細菌バランスの調整や、皮膚感染症の予防などにも応用が可能である。
9. 髪・肌への美容効果
マスタードオイルは、古くから髪の健康を保つためのマッサージオイルとして用いられてきた。その効果は以下のとおり:
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頭皮の血行促進による育毛促進
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抗酸化作用による白髪予防
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抗菌作用によるフケの抑制
また、肌に塗布することで保湿効果や炎症の緩和も期待されるが、敏感肌の人には注意が必要である。
過剰摂取への注意と適量の目安
いくら健康効果があるといっても、過剰な摂取は胃腸への刺激や甲状腺機能への影響を及ぼす可能性がある。とくに生のマスタードシードやオイルを大量に摂取することは避けるべきである。一般的な摂取量の目安は、1日あたり小さじ1〜2杯程度のマスタードペーストや粉末が適切とされている。
結論
マスタードは単なる調味料にとどまらず、多機能な天然の薬効食品として現代において再評価されるべき存在である。消化促進、抗炎症作用、心血管の保護、免疫強化、そして抗がん作用に至るまで、その効果は実に多岐にわたる。
日本の食卓ではあまり主役になることのないマスタードだが、適切な形で日常に取り入れることで、現代人の多くが抱える慢性疾患や生活習慣病の予防に役立つ可能性がある。科学的根拠に基づいた「健康維持のパートナー」として、マスタードを見直す価値は十分にあると言える。