モロッコ王国は、その多様な自然環境と地形により、数多くの河川を擁する国である。アトラス山脈をはじめとする山岳地帯から流れ出す川は、国の農業、工業、水供給、生態系維持において極めて重要な役割を果たしている。モロッコの河川の多くは季節性であるが、一部は年間を通じて流量を保ち、国の生命線ともいえる存在となっている。本稿では、モロッコにおける最も長い10本の河川について、その長さ、流域、歴史的および経済的な重要性、環境への影響などの観点から詳述する。
1. ドラア川(全長:約1,100km)
モロッコで最も長い川であるドラア川は、アトラス山脈に端を発し、南東部を横断してサハラ砂漠に至る。この川は、オアジス地帯を潤しながら、かつての交易路としても利用されていた。現在では、農業用水や地下水補給、また風力・太陽光エネルギーとの連携による水管理が進んでおり、地元コミュニティの生計維持に直結している。
特にザグラやアガディールなどの地域では、この川の存在が農業生産の基盤を支えており、ナツメヤシや穀物の栽培にとって不可欠な水源となっている。乾期には一部の区間が涸れることがあるため、水資源の管理は国の環境政策において重要な課題となっている。
2. ウム・エル・ルビア川(全長:約555km)
中央アトラス山脈に源を発するウム・エル・ルビア川は、モロッコで最も水量の多い川のひとつであり、流域における灌漑農業や工業用水として広く活用されている。この川の流域は肥沃で、特にケニトラやカサブランカ周辺では豊かな農業地帯が広がっている。
また、いくつかのダムが建設されており、水力発電にも利用されている。水質管理や流域の環境保全に関する取り組みも活発であり、モロッコの持続可能な開発政策におけるモデル的存在とされている。
3. セブ川(全長:約485km)
セブ川は、北モロッコに位置し、大西洋に注ぐ川として知られる。アトラス山脈に源を持ち、フェズ、メクネス、ケニトラといった重要都市を経由する。この流域は、モロッコの農業の中心地であり、特にオリーブ、柑橘類、小麦の栽培が盛んである。
セブ川には複数の灌漑システムとダムが整備されており、安定した水供給を実現している。また、近年では気候変動による降水パターンの変化への対応策として、統合水資源管理が強化されている。
4. ルー川(全長:約450km)
ルー川はセブ川の支流の一つであり、中央アトラス山脈から流れ出す。流域にはいくつかの古代都市遺跡が存在し、歴史的価値も高い。農業と小規模水力発電に利用されており、水資源の分配と水質管理が課題とされている。
洪水リスクが高まる季節には、堤防の補強や警報システムが稼働し、地域住民の安全確保が図られている。
5. マルガ川(全長:約450km)
マルガ川は、セブ川に合流する主要な支流であり、タザ地方を中心に流れる。流域は森林が多く、水源林としての機能を果たすとともに、生態系の多様性を支える環境的にも重要なエリアである。
近年では過放牧や違法伐採による環境破壊が懸念されており、森林再生プロジェクトが進行中である。
6. テンスィフト川(全長:約270km)
マラケシュの西側を流れるテンスィフト川は、アトラス山脈からの融雪水を主な水源とし、オリーブやアーモンドの栽培が盛んな地域を潤している。テンスィフト川は季節変動が激しく、乾季には河床が完全に露出することもある。
この地域では、伝統的な灌漑システム「ケッタラ」が今もなお活用されており、文化的な価値も評価されている。
7. スス川(全長:約250km)
アガディールを中心とするスス地方を横断するスス川は、乾燥地帯における重要な水源である。農業、特に柑橘類やトマトの栽培が盛んで、輸出用の農産物の生産基地としても知られている。
しかしながら、過剰な地下水利用と干ばつにより流量が減少傾向にあり、持続可能な農業の推進と水資源の再生が求められている。
8. イシュケル川(全長:約220km)
リフ山脈を源流とし、北部の山岳地帯を蛇行するイシュケル川は、規模は小さいものの地域の生態系と農業にとって不可欠な存在である。特に伝統的な果樹栽培が盛んな地域で、地下水との連携が図られている。
この川は地域住民にとって宗教的、文化的意義もあり、春には祭事が行われる場所としても知られている。
9. メルズーガ川(全長:約200km)
サハラ砂漠の縁辺に位置するメルズーガ川は、断続的に流れるワジ(涸れ川)としての特徴を持つ。観光地として有名なメルズーガの砂丘地帯を通るこの川は、地表水と地下水の交換が行われる貴重な自然現象の場である。
観光と環境保全のバランスを保つことが地域経済と持続可能性の鍵とされており、エコツーリズムの推進が始まっている。
10. イグラム川(全長:約180km)
南部のタルーダント地方を流れるイグラム川は、アマジグ文化圏に属する地域で人々の生活と密接に結びついている。干ばつ時期には雨乞いの儀式が行われるなど、宗教的・民俗的な要素が強く、文化的景観の一部とみなされている。
近年では気候変動の影響が顕著で、流域の保全と水管理政策の刷新が急務となっている。
表:モロッコにおける主要河川の比較
| 河川名 | 全長(km) | 主な流域都市 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| ドラア川 | 1,100 | ザグラ、アガディール | 最長の川、乾燥地帯を貫通 |
| ウム・エル・ルビア川 | 555 | カサブランカ、ケニトラ | 水量が多く、農業・工業に貢献 |
| セブ川 | 485 | フェズ、メクネス | 肥沃な平野を潤す、農業中心地帯 |
| ルー川 | 450 | 中央アトラス地域 | 支流でありながら歴史的価値が高い |
| マルガ川 | 450 | タザ | 森林資源が豊富、環境保全が課題 |
| テンスィフト川 | 270 | マラケシュ | 伝統的灌漑と農業が特徴 |
| スス川 | 250 | アガディール | 輸出向け農業地帯、水不足が課題 |
| イシュケル川 | 220 |
