数学

三角恒等式の完全解説

三角恒等式(さんかくこうとうしき)とは、三角関数に関する恒等的な関係式のことであり、数学の解析学や物理学、工学分野において極めて重要な役割を果たしている。これらの恒等式は、角度や三角関数(正弦、余弦、正接など)に基づく数式の簡略化、微積分、波動方程式の解法、信号処理、天文学、建築設計など、非常に幅広い応用分野を持つ。この記事では、三角恒等式の概念を基礎から体系的かつ詳細に解説し、その数学的背景や証明、主要な恒等式の一覧、応用例を通じて、三角恒等式の重要性と実用性を明らかにする。


1. 三角恒等式とは何か

三角恒等式とは、三角関数に関する数式が任意の角度に対して常に成り立つ等式のことである。たとえば、

sin2θ+cos2θ=1\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1

という関係は、θの値がどのような実数であっても常に成立するため、恒等式と呼ばれる。

三角恒等式は大きく分けて以下の種類に分類される:

  • 基本的な三角恒等式

  • 和差の公式(加法定理)

  • 二倍角の公式

  • 半角の公式

  • 積和・和積の公式

  • 合成公式

  • 余弦定理や正弦定理などの三角形に関する恒等式


2. 基本的な三角恒等式

三角恒等式の中で最も基本的なものは、直角三角形の定義に基づく以下の関係である:

恒等式 説明
sin2θ+cos2θ=1\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1 最も基本的なピタゴラスの恒等式
tanθ=sinθcosθ\tan\theta = \frac{\sin\theta}{\cos\theta} 正接の定義
1+tan2θ=sec2θ1 + \tan^2\theta = \sec^2\theta ピタゴラス恒等式の一種
1+cot2θ=csc2θ1 + \cot^2\theta = \csc^2\theta 余接に関する恒等式

これらの恒等式は、直角三角形における辺の比と三角関数の定義から直接導出できる。


3. 和差の公式(加法定理)

2つの角度の和や差に関する三角関数の値を求めるための公式であり、非常に重要である。

正弦関数の和差公式:

sin(a±b)=sinacosb±cosasinb\sin(a \pm b) = \sin a \cos b \pm \cos a \sin b

余弦関数の和差公式:

cos(a±b)=cosacosbsinasinb\cos(a \pm b) = \cos a \cos b \mp \sin a \sin b

正接関数の和差公式:

tan(a±b)=tana±tanb1tanatanb\tan(a \pm b) = \frac{\tan a \pm \tan b}{1 \mp \tan a \tan b}

これらの公式は、三角関数の合成や変形に不可欠であり、微積分や複素数の解析にも応用される。


4. 二倍角の公式

ある角度の二倍における三角関数の値を求める公式である。

正弦:

sin(2θ)=2sinθcosθ\sin(2\theta) = 2\sin\theta\cos\theta

余弦:

cos(2θ)=cos2θsin2θ=2cos2θ1=12sin2θ\cos(2\theta) = \cos^2\theta – \sin^2\theta = 2\cos^2\theta – 1 = 1 – 2\sin^2\theta

正接:

tan(2θ)=2tanθ1tan2θ\tan(2\theta) = \frac{2\tan\theta}{1 – \tan^2\theta}

このように、二倍角の公式には複数の表現が存在し、特に余弦関数は三通りの形で表される。


5. 半角の公式

角度の半分における三角関数の値を求める公式である。平方根が含まれるため、符号に注意が必要。

sin(θ2)=±1cosθ2,cos(θ2)=±1+cosθ2\sin\left(\frac{\theta}{2}\right) = \pm\sqrt{\frac{1 – \cos\theta}{2}},\quad \cos\left(\frac{\theta}{2}\right) = \pm\sqrt{\frac{1 + \cos\theta}{2}}
tan(θ2)=±1cosθ1+cosθ=sinθ1+cosθ=1cosθsinθ\tan\left(\frac{\theta}{2}\right) = \pm\sqrt{\frac{1 – \cos\theta}{1 + \cos\theta}} = \frac{\sin\theta}{1 + \cos\theta} = \frac{1 – \cos\theta}{\sin\theta}

符号はθの値に応じて決定する必要がある(象限に注意)。


6. 積和・和積の公式

積を和に、和を積に変換するための公式であり、三角関数の積の積分やフーリエ解析などで使用される。

積和公式:

sinAsinB=12[cos(AB)cos(A+B)]\sin A \sin B = \frac{1}{2}[\cos(A – B) – \cos(A + B)]
cosAcosB=12[cos(AB)+cos(A+B)]\cos A \cos B = \frac{1}{2}[\cos(A – B) + \cos(A + B)]
sinAcosB=12[sin(A+B)+sin(AB)]\sin A \cos B = \frac{1}{2}[\sin(A + B) + \sin(A – B)]

和積公式:

sinA±sinB=2sin(A±B2)cos(AB2)\sin A \pm \sin B = 2\sin\left(\frac{A \pm B}{2}\right)\cos\left(\frac{A \mp B}{2}\right)
cosA+cosB=2cos(A+B2)cos(AB2)\cos A + \cos B = 2\cos\left(\frac{A + B}{2}\right)\cos\left(\frac{A – B}{2}\right)
cosAcosB=2sin(A+B2)sin(AB2)\cos A – \cos B = -2\sin\left(\frac{A + B}{2}\right)\sin\left(\frac{A – B}{2}\right)

これらは三角波形の合成や解析に不可欠な公式である。


7. 合成公式

正弦や余弦の合成は、次のように表すことができる:

asinθ+bcosθ=Rsin(θ+α)a\sin\theta + b\cos\theta = R\sin(\theta + \alpha)

ここで、

R=a2+b2,tanα=baR = \sqrt{a^2 + b^2},\quad \tan\alpha = \frac{b}{a}

この変形により、振幅Rと位相αを持つ単一の正弦関数として表現できる。波動や信号処理、電気回路の交流理論に応用される。


8. 逆三角関数と恒等式

三角恒等式は逆三角関数に対しても成り立つ。ただし、逆関数であるため、定義域と値域に制限がある。

たとえば、

sin(arcsinx)=x,cos(arccosx)=x,tan(arctanx)=x\sin(\arcsin x) = x,\quad \cos(\arccos x) = x,\quad \tan(\arctan x) = x

また、以下のような恒等式もある:

arcsinx+arccosx=π2\arcsin x + \arccos x = \frac{\pi}{2}

これらの関係は微積分における逆関数の微分法則と密接に関係する。


9. 応用例

微積分:

三角恒等式は、微分積分における積の簡略化、置換積分、微分の公式に頻出する。

波動方程式:

波動関数や音波、電磁波の解析では、三角関数の合成と恒等式が欠かせない。

工学設計:

建築構造、機械の振動解析、電気回路のAC解析において、角度・位相・振幅を考慮した三角恒等式が活用される。

コンピュータグラフィックス:

3D変換、回転、照明効果の計算において、三角関数の合成や回転行列との連携に使用される。


10. 三角恒等式の証明法

三角恒等式の証明は多岐にわたるが、代表的な方法には以下がある:

  • 単位円に基づく幾何学的証明

  • 三角形の定義に基づく代数的証明

  • 複素数(オイラーの公式)を用いた解析的証明

  • 数値代入による検証的アプローチ(教育的目的)

特に複素数を用いた証明は、オイラーの公式

eiθ=cosθ+isinθe^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta

を出発点として、多くの恒等式を容易に導出できる点で強力である。


11. 結論

三角恒等式は、数学の純粋理論から応用数学、工学、自然科学、情報科学に至るまで、あらゆる分野で中心的な役割を果たしている。基本的な恒等式から始まり、より複雑な合成公式や積和公式まで、正確に理解し使いこなすことで、高度な問題解決や理論構築が可能となる。とくに日本の教育課程においても高校から大学にかけて学ぶこの分野は、論理的思考力と数理的直観を養ううえでも極めて重要である。


参考文献

  1. 数研出版『改訂版 チャート式基礎からの数学II+B』

  2. 東京大学 数学入試問題集(過去問)

  3. Courant, R. & John, F. (1999). Introduction to Calculus and Analysis. Springer.

  4. Stewart, J. (2015). Calculus: Early Transcendentals. Cengage Learning.

  5. 和達三樹『三角関数と複素数』岩波書店


この記事が、三角恒等式の理論的な背景とその応用について深い理解を提供することを願っている。

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