尿路感染症(UTI)は、乳児において比較的一般的に見られる疾患の一つであり、特に診断や治療が遅れると深刻な合併症を引き起こす可能性がある。そのため、親や医療従事者が早期の兆候を正確に理解し、適切に対応することが極めて重要である。本稿では、乳児における尿路感染症の症状、原因、診断法、治療法、再発予防、そして予後について、最新の医学的知見をもとに詳細に解説する。
尿路感染症とは何か?
尿路感染症とは、尿の通り道、すなわち腎臓、尿管、膀胱、尿道のいずれかに細菌が侵入し感染することで発症する疾患である。乳児においては、その症状が非特異的であることが多く、風邪や他の感染症と誤診されやすい。特に生後3か月未満の新生児では、感染が全身に広がるリスクも高いため、注意が必要である。
乳児における尿路感染症の主な症状
乳児は言葉で自分の体調を訴えることができないため、症状は行動や生理的変化として現れる。以下に、乳児で頻繁に見られる尿路感染症の症状を挙げる。
1. 発熱(特に原因不明の高熱)
最も一般的かつ初期に現れる症状の一つが発熱である。特に38℃を超える高熱が数日間続き、呼吸器系や消化器系に明らかな感染源が見つからない場合、尿路感染症を疑う必要がある。
2. 哺乳不良
乳児が急に母乳やミルクの摂取量を減らす、もしくは拒否する場合、それは体内で何らかの炎症や感染が進行している兆候である可能性がある。UTIはその一因となりうる。
3. 体重増加の停滞または減少
長期的に哺乳不良が続くことで体重の増加が停滞し、深刻な場合には体重が減少する。これは慢性化した感染症に特徴的である。
4. 嘔吐や下痢
UTIに伴う全身症状として、胃腸症状が現れることがある。特に乳児では嘔吐や下痢は多くの疾患で見られるが、尿路感染症でも無視できない症状である。
5. 泣きやすくなる、ぐずる
明らかな理由もなく不機嫌で泣き続ける場合、体のどこかに不快感や痛みがある可能性がある。UTIの場合、排尿時の不快感が原因であることがある。
6. 排尿時の異常な反応
乳児が排尿時に泣いたり、足を縮めたり、身体を反らせたりする場合、それは排尿に伴う痛みがあることを示唆する。これは尿道炎や膀胱炎の兆候とされる。
7. 濁った尿、悪臭のある尿
通常の乳児の尿は無色透明かやや黄色で、強い匂いはない。しかし、感染がある場合、尿が濁り、アンモニア臭や魚のような臭いがすることがある。
8. 血尿(まれ)
稀ではあるが、尿に血が混じることもある。これは膀胱や尿道に炎症や損傷があることを示す可能性がある。
原因となる細菌と感染経路
乳児の尿路感染症のほとんどは、大腸菌(Escherichia coli)によって引き起こされる。これは腸内常在菌であり、肛門周囲から尿道を通じて膀胱に侵入することで感染する。その他にも、クレブシエラ属、腸球菌、プロテウスなどの菌が原因となる場合もある。
感染リスクを高める要因
| 要因 | 説明 |
|---|---|
| 男児(特に包茎) | 包皮内に菌が繁殖しやすく、尿道への感染リスクが高まる。 |
| 便秘 | 腸内圧が膀胱に影響し、排尿の滞留が感染リスクを増す。 |
| 先天性尿路奇形 | 腎盂尿管逆流症(VUR)などは尿の逆流を起こし、感染を促進する。 |
| 尿路閉塞 | 排尿困難や排尿停滞によって、細菌の繁殖が容易になる。 |
| 女児(生後1歳以降) | 女児は尿道が短いため、外部からの細菌侵入が比較的容易である。 |
診断方法
乳児のUTIを正確に診断するためには、以下の検査が実施される。
尿検査
尿中の白血球、亜硝酸塩、細菌の存在などを調べる。通常は以下の方法で尿を採取する:
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清拭後の中間尿採取(清潔な尿バッグ使用)
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カテーテル尿採取
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膀胱穿刺(最も正確な方法だが侵襲的)
尿培養
尿路感染症の確定診断と、適切な抗菌薬選択のために菌の同定と薬剤感受性試験が行われる。
超音波検査
腎臓や膀胱の構造的異常(腫れ、水腎症など)を確認するために用いられる。
治療法
乳児のUTI治療は、年齢、重症度、感染部位によって異なるが、基本的には以下の通りである。
抗菌薬治療
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静脈内投与(生後3か月未満または重症例):アンピシリン+ゲンタマイシンが初期選択となることが多い。
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経口抗生物質(軽症例または3か月以上):セファロスポリン系(例:セファクロル)、アモキシシリン+クラブラン酸などが用いられる。
通常、治療期間は7〜14日間とされ、治療中には経過観察として定期的な尿検査が行われる。
合併症と再発の予防
UTIが適切に治療されない場合、以下のような合併症が起こり得る:
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腎瘢痕(腎臓の永久的な組織損傷)
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高血圧のリスク上昇
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慢性腎疾患(将来的に透析が必要となる可能性も)
再発予防のための対策
| 対策 | 解説 |
|---|---|
| 適切な排尿習慣の確立 | おむつ交換をこまめに行い、排尿を我慢させない。 |
| 包茎の管理 | 必要に応じて小児泌尿器科での評価を行い、再発を防ぐ。 |
| 適切な衛生管理 | 肛門から尿道に菌が移行しないよう、排泄後は前から後ろに拭く。 |
| 便秘の予防 | 食物繊維や水分をしっかり摂取させ、腸の動きを促進する。 |
予後
初期段階で正確に診断され、適切な治療が行われれば、乳児のUTIは完全に治癒する可能性が高い。しかし、診断が遅れると合併症のリスクが高まり、将来的な腎機能障害を引き起こす可能性もある。そのため、親が子どもの変化に敏感であり、少しでも異変を感じたら早期に医療機関を受診することが重要である。
参考文献
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日本小児科学会. 小児科診療ガイドライン 2023.
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日本泌尿器科学会. 小児尿路感染症診療の手引き.
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American Academy of Pediatrics. Urinary Tract Infection in Infants and Children: Clinical Practice Guidelines. Pediatrics, 2016.
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Shaikh N, Morone NE, Bost JE, et al. Prevalence of Urinary Tract Infection in Childhood. Pediatrics. 2008.
乳児における尿路感染症は、一見して気づきにくいが重大な健康問題を引き起こすことがある疾患である。親や保護者がその兆候を理解し、迅速な行動を取ることが、乳児の健康を守る第一歩である。正確な知識と冷静な対応こそが、子どもたちの未来を明るく照らす鍵となる。
