公共行政における修士論文の題材選びは、社会的課題への鋭い洞察と理論的・実証的な裏付けを兼ね備えた学術的探究の出発点である。特に現代社会が直面する多様な政策的・行政的課題に照らして、有意義かつ実用性の高い研究テーマを設定することは、研究者としての成長を促すのみならず、社会への貢献にもつながる。本稿では、公共行政の分野における修士論文の優れた研究テーマを多数紹介し、それぞれのテーマが学術的・実務的に持つ意義や研究可能性についても詳しく解説する。
1. 行政におけるガバナンス改革の影響分析:地方自治体を中心に

このテーマは、新しい公共管理(NPM)やガバナンス理論の展開を背景に、地方自治体における制度改革の影響を実証的に検討する研究である。特に、行政の透明性、住民参加、成果主義の導入などが、行政サービスの質や市民満足度に与える効果を検証する点に意義がある。
2. 公共サービスの質の評価におけるパフォーマンスマネジメントの役割
近年、行政評価とパフォーマンスマネジメントは不可欠な制度となっている。本テーマでは、パフォーマンス指標の設定、評価制度の運用実態、及びそれが現場の職員の行動や組織文化に与える影響について焦点を当てる。
3. 危機管理体制の構築と行政のレジリエンス:災害対応を事例に
災害やパンデミック時における行政の対応能力は、組織のレジリエンスに直結する。このテーマでは、危機管理計画の整備状況、指揮命令系統の明確さ、地域住民との連携の在り方などを多角的に分析し、理想的なレジリエンス構築の方策を提示する。
4. 行政DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進と住民サービスの変容
デジタル技術の進展に伴い、行政サービスの提供方法が急速に変化している。本テーマでは、行政DXの取り組みとその成果、デジタル・ディバイドの課題、そして市民の利便性や信頼に与える影響を評価する。
5. 公務員制度改革と組織文化の変容:能力主義と職務評価制度の導入効果
官僚制度改革の文脈で、職務評価、成果主義、能力基準人事制度がどのように組織の文化や職員のモチベーションに作用しているかを探る研究である。多様な人事制度の実例を比較分析することで、制度設計上の示唆を導出する。
表:公共行政における研究テーマの分類
分野 | テーマ例 | 研究の焦点 |
---|---|---|
行政改革 | 行政ガバナンス、NPM、行政機構改革 | 制度的変革と成果の関係性 |
行政サービス評価 | パフォーマンス指標、住民満足度評価 | 行政評価制度の構築と運用 |
危機管理・防災 | 地方行政の災害対応、BCP、レジリエンス | 危機時の組織的対応力と事前準備の有無 |
デジタル行政 | 行政DX、スマートガバメント、マイナンバー制度 | IT導入とサービス効率の向上 |
公務員制度と人事管理 | 成果主義人事、能力評価制度、公務員倫理 | 組織文化への影響と職員の行動変容 |
地方自治 | 自治体間連携、地域活性化政策、市民参加 | 地域主権と自治の強化に向けた方策 |
環境行政 | 地方の気候変動対策、環境政策と住民協働 | 環境保護と住民の意識・行動との関連性 |
福祉政策と社会的包摂 | 高齢者支援政策、生活困窮者対策、多文化共生 | 包括的行政の実現に向けた制度的整備 |
行政倫理と透明性 | 情報公開制度、汚職防止メカニズム、倫理研修 | 行政の信頼性向上に資する倫理基準の構築 |
政策形成プロセスの分析 | エビデンスに基づく政策形成(EBPM)、政策ネットワーク理論 | 合理的政策決定の実現に向けた制度的検討 |
6. 地方自治体における参加型予算制度の導入とその課題
参加型予算とは、住民が予算編成過程に直接関与する仕組みであり、住民参加を促進し、行政への信頼を高めることを目的とする。この研究では、参加型予算の導入事例を比較分析し、制度化の障壁や成功要因について検証する。
7. 公共政策におけるエビデンスに基づく政策形成(EBPM)の実践と限界
EBPMは、政策決定を客観的なデータや実証研究に基づいて行うアプローチであるが、実際の政策現場における適用には限界も存在する。このテーマでは、EBPM導入の実態と課題、政策担当者の能力育成、データ整備の水準を検討する。
8. 地方創生における官民連携(PPP)の成功要因分析
人口減少・高齢化が進む地方で、持続可能なまちづくりを進めるには、官民連携が欠かせない。この研究では、PPP導入事例をもとに、連携の仕組み、契約管理、成果評価の視点から成功・失敗要因を導き出す。
9. 多文化共生政策と行政の役割:自治体における外国人住民支援策の比較研究
日本における外国人住民の増加に伴い、多文化共生に向けた行政の役割が拡大している。本テーマでは、自治体による多文化共生施策の違いや、外国人支援の制度設計と運用上の工夫について焦点を当てる。
10. 環境行政と持続可能な開発目標(SDGs)の統合的実践
SDGsの理念を行政にどう統合し、施策として実行可能な形で取り入れるかが問われている。この研究では、環境政策とSDGsの接点に着目し、地域レベルでの実践例や課題を洗い出す。
これらのテーマは、いずれも現代の行政が直面する課題に対応しており、政策的・理論的意義を有している。研究対象としての魅力も高く、量的・質的手法の両面からアプローチ可能である点が共通している。さらに、比較研究、ケーススタディ、インタビュー調査、文献分析など多様な方法を用いることで、理論の深化と実務への還元の両立が可能である。
公共行政という分野は、単なる理論研究にとどまらず、制度設計や政策実践に直結する学際的領域である。修士論文のテーマ設定にあたっては、自身の関心のみならず、社会的要請や行政実務の現場の声にも耳を傾けることが不可欠である。そして、単に問題点を指摘するのではなく、具体的な改善策や政策提言までを導くことが、実践的な研究としての価値を高める道である。
このように、公共行政における修士論文の題材選定は、研究者としての視座の広がりと、社会貢献の自覚を育む重要なステップである。挑戦的でありながら現実的なテーマを選び、緻密な分析と深い考察によって、公共の利益に資する研究成果を生み出すことが期待される。