一般外科

前立腺摘出術の合併症

前立腺摘出手術(前立腺全摘除術)は、前立腺癌や重度の前立腺肥大症などに対する根本的な治療手段として広く行われている外科手術である。この手術は、がんが前立腺内に限局している段階で特に効果的とされているが、その一方で、術後に生じるさまざまな合併症についても十分に理解し、適切な準備と対応をする必要がある。本稿では、前立腺摘出手術の種類、術後の短期および長期的な合併症、これらの発生メカニズム、予防策および治療法について、科学的根拠に基づいた情報を包括的に提供する。


前立腺摘出手術の種類とその影響

前立腺摘出術にはいくつかの方法があり、合併症の種類や程度に影響を与える。

手術方法 特徴
開腹手術 下腹部を切開して前立腺を摘出。術野の確認が容易だが、侵襲性が高い。
腹腔鏡下手術 小さな切開からカメラと器具を挿入。低侵襲だが、技術的熟練が必要。
ロボット支援手術 ダビンチシステムなどを使用。精密な操作が可能で、出血量や回復期間が少ない。

術式によって術後合併症のリスクに差異が見られるが、共通して以下のような合併症が報告されている。


術後早期に見られる合併症

1. 出血および血腫形成

術後の出血は比較的一般的であり、特に開腹手術では発生率が高い。大部分は自然に吸収されるが、大量出血や血腫形成が起こると再手術や輸血が必要となる。

2. 感染症(尿路感染、創部感染)

術後のカテーテル留置期間中に細菌感染が起こりやすい。特に糖尿病や免疫抑制状態の患者では注意が必要である。予防的抗生物質の投与が推奨される。

3. 深部静脈血栓症および肺塞栓

術後の安静期間や下肢の不動によって血栓が形成される可能性がある。圧迫ストッキングの着用や抗凝固薬の使用、早期離床が推奨される。


排尿に関連する合併症

1. 尿失禁

最も一般的かつ生活の質(QOL)に大きな影響を及ぼす合併症である。術後数週間から数か月で自然改善することもあるが、長期にわたり持続する場合もある。尿道括約筋の損傷や神経支配の変化が原因であり、以下のタイプに分類される。

尿失禁のタイプ 説明
労作性尿失禁 咳やくしゃみ、運動時に尿が漏れる。
切迫性尿失禁 強い尿意と同時に漏れる。膀胱の不随意収縮による。
混合性尿失禁 上記2つの症状が混在している。

骨盤底筋訓練(Kegel体操)が第一選択の治療法とされるが、重度の場合は人工尿道括約筋の挿入など手術的治療も行われる。


性機能に関連する合併症

1. 勃起障害(ED)

前立腺の周囲を走行する神経束(勃起神経)が手術時に損傷を受けることがあり、術後に勃起不全が生じる。神経温存手術が行われることでリスクは軽減されるが、がんの進展状況によっては温存が困難な場合もある。

治療選択肢:

  • PDE5阻害薬(シルデナフィル等)の使用

  • 陰茎注射療法

  • 真空勃起補助装置(VCD)

  • 陰茎プロテーゼの埋め込み手術

2. 射精の変化

前立腺が摘出されるため、手術後は「逆行性射精」や「無精液射精」が一般的となる。これ自体は痛みを伴うものではないが、生殖機能に影響を及ぼす。


長期的な合併症とその影響

1. 尿道狭窄

術後の瘢痕形成により、尿道に狭窄が生じることがある。これにより排尿困難や排尿時の痛み、尿流の低下が見られる。治療には尿道ブジー、内視鏡的切開術などがある。

2. 精神的ストレスとうつ症状

術後の性機能障害や尿失禁による社会生活への影響は、患者にとって大きな心理的負担となる。サポートグループや心理カウンセリングの利用が推奨される。


合併症発生率に関する統計データ

以下は、代表的な研究報告に基づく術後合併症の発生率の一例である。

合併症 発生率(概算) 出典
一過性尿失禁 約60〜80% European Urology, 2021
長期的尿失禁 約10〜20% The Journal of Urology, 2020
勃起障害 約50〜70%(術式により異なる) American Cancer Society
感染症(全体) 約5〜15% JAMA Surgery
尿道狭窄 約2〜10% International Journal of Urology, 2019

合併症予防のための術前・術後管理

  • 術前の準備:

    患者の全身状態(糖尿病、心疾患など)の把握、感染予防のための抗生物質投与、術前の禁煙指導などが含まれる。

  • 術後のリハビリ:

    骨盤底筋訓練や勃起機能回復プログラムが、QOL改善に重要である。

  • フォローアップ:

    PSA(前立腺特異抗原)値の定期的測定により、がんの再発を早期に検出可能となる。


患者支援と生活指導

患者が合併症を乗り越え、前向きに生活を再構築するためには、医療従事者の継続的な支援が不可欠である。尿失禁パッドの使用指導や性生活に関するアドバイス、配偶者や家族への説明など、多角的なアプローチが必要である。

さらに、近年では「前立腺摘出術患者の会」やオンラインフォーラムなど、同じ経験を持つ人々との交流の場も活用されており、心理的サポートとして効果が高いとされる。


おわりに

前立腺摘出術は、がんの根治を目指す有効な治療法である一方で、多岐にわたる合併症を伴う可能性がある。患者の身体的・心理的健康を総合的に支援する体制が整っていなければ、術後のQOLは著しく低下する。医療提供者は、合併症に対する科学的理解と早期介入の知識を持ち、患者一人ひとりに寄り添った医療を提供することが求められる。将来的には、神経温存技術の進化や再生医療技術の応用によって、さらに安全でQOLを損なわない治療法の確立が期待される。


主な参考文献:

  1. Wilt, T. J., et al. (2012). “Radical prostatectomy versus observation for localized prostate cancer.” New England Journal of Medicine.

  2. Eastham, J. A., et al. (2019). “Urinary Continence After Radical Prostatectomy.” European Urology.

  3. Walsh, P. C., et al. (2007). Campbell-Walsh Urology (10th ed.).

  4. American Urological Association (AUA) ガイドライン

  5. 日本泌尿器科学会 前立腺癌治療ガイドライン(最新版)

Back to top button