金融および銀行学(金融科学)を専攻する学生にとって、卒業研究は専門的な知識と分析力を証明する重要な機会である。研究テーマの選定は、学術的意義だけでなく、実務的価値や社会的影響も考慮すべき要素であり、将来のキャリアにも大きく影響する可能性がある。本記事では、現在の経済状況、技術革新、規制の変化、国際的な動向をふまえた卒業研究にふさわしいテーマを、詳細な解説とともに提示する。なお、以下の各テーマは、日本の読者にとっても関心が高く、国内外の金融環境に即したものである。
1. 中央銀行のデジタル通貨(CBDC)が商業銀行に与える影響
中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)は、従来の通貨供給構造を変革しつつある。特に商業銀行にとっては、預金の流出、信用創造の機能の変容、決済インフラの再構築といった多面的な影響が予想される。本研究では、各国のCBDC導入事例(例:中国のデジタル人民元、スウェーデンのeクローナ)を比較し、CBDCが銀行業務に与える潜在的影響を評価する。
2. 銀行の持続可能性報告とESG(環境・社会・ガバナンス)投資の関係
ESG要素は、近年の金融業界で急速に重要性を増している。本テーマでは、銀行が開示するサステナビリティ報告書の内容が、ESG投資家にどのような影響を与え、結果として資金調達コストや市場での評価にどのように反映されているかを分析する。主要な金融機関の開示データとESG格付け機関の評価をクロス分析することで、実証的な研究が可能である。
3. フィンテックと伝統的銀行の競争構造の変化
フィンテック企業の台頭は、従来の銀行業に大きな競争圧力を与えている。モバイル決済、P2P融資、AIによるリスク分析といった革新的サービスは、既存の銀行サービスとどのように競合し、あるいは補完しているのかを検討する。日本のメガバンクとフィンテックスタートアップ(例:PayPay、LINE Pay)との関係性を軸に分析するのも有効である。
4. 利上げ局面における銀行の収益構造の変化
金利は銀行収益に直結する基本的な要因である。ゼロ金利政策からの転換が進む中で、銀行はどのように収益構造を再構築しているのか、貸出利鞘、手数料ビジネス、証券運用といった主要部門ごとの動向を精査することができる。日本銀行の金融政策とメガバンクの決算データを活用した実証研究に適したテーマである。
5. 暗号資産(仮想通貨)と金融規制:銀行業務へのインパクト
暗号資産市場の拡大は、従来の金融制度としばしば衝突してきた。銀行は仮想通貨のカストディサービス、融資担保、リスク評価などにどのように対応すべきか。特にAML(マネーロンダリング対策)やFATFガイドラインとの整合性を保ちつつ、技術革新を取り入れるための枠組み構築が重要である。
6. パンデミック後の金融機関のリスクマネジメント体制の再構築
COVID-19は金融市場に大きなショックを与えた。この経験を通じて、銀行はストレステストの設計、信用リスク評価モデル、資本バッファー戦略などの見直しを迫られている。主要銀行の年次報告書および金融庁のガイドラインをもとに、リスクマネジメントの進化を追う研究は実務的意義が大きい。
7. 銀行のデジタル・トランスフォーメーション(DX)と顧客体験の向上
デジタル技術の導入は、顧客満足度や業務効率にどのような影響を与えているのか。スマートフォンアプリ、チャットボット、無人店舗などの導入が、顧客行動やサービスの品質に与える変化を分析する。利用者アンケートを併用すれば、定量的かつ定性的な研究が可能である。
8. マネーロンダリング対策と銀行のコンプライアンス戦略
国際的なAML/CFT基準の強化により、銀行はより高度な取引監視システムを求められている。本研究では、AIを活用した不正検出、KYC(顧客確認)の自動化、内部統制の強化といった施策を事例ベースで検討し、コンプライアンス部門の戦略的役割について考察する。
9. サステナブルファイナンスにおけるグリーンボンドの普及と評価
グリーンボンド市場は急成長しており、銀行が引き受け、運用する債券のなかでも注目度が高い。発行体の信用評価、プロジェクトの環境評価、投資家の動向などを踏まえて、持続可能な金融の実態と課題を明らかにする。日本を含むアジア市場の比較研究も有意義である。
10. インフレ率と銀行貸出行動の関係性に関する実証分析
インフレが上昇する局面では、銀行の貸出姿勢が慎重になる傾向がある。このテーマでは、日本やOECD諸国のデータを使用して、インフレ率と貸出額、貸出金利、貸倒率との関係を数理モデルで分析する。マクロ経済とミクロ経済の接点として、興味深い研究が可能である。
終わりに
金融と銀行学の分野は、急速に変化する外部環境と深く結びついており、卒業研究ではそのダイナミズムを反映したテーマが求められる。上記に挙げたテーマは、それぞれ実務的・学術的な観点から掘り下げる余地が大きく、統計分析、実証研究、事例分析など多様な手法を通じて取り組むことが可能である。読者が自身の関心と将来の進路に応じて、最適なテーマを選び、実りある研究を進められることを願ってやまない。
