口内炎、すなわち口腔内に発生する潰瘍や炎症は、多くの人が一度は経験する一般的な健康問題である。痛みを伴い、食事や会話、歯磨きなどの日常動作に支障をきたすことがあるため、生活の質を著しく低下させることも少なくない。口内炎には様々な原因が存在し、その背景には栄養の偏り、免疫力の低下、ストレス、ウイルスや細菌、外的刺激など、単一ではなく多因子が複雑に絡んでいる。本稿では、口内炎の主要な原因を包括的かつ詳細に解説し、併せてそれらが身体に及ぼす影響についても言及する。
1. 栄養素の欠乏による口内炎
栄養バランスの崩れは口内炎の発症に大きく関与する。とくに以下の栄養素の欠乏が知られている。
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ビタミンB群(特にB2, B6, B12)
ビタミンB群は皮膚や粘膜の健康を保つのに不可欠である。欠乏すると口角炎や舌炎、口腔内の潰瘍が生じやすくなる。 -
鉄分
鉄欠乏性貧血がある場合、舌の発赤や灼熱感、口腔内の潰瘍が生じることがある。鉄は粘膜の再生にも必要であるため、不足すると潰瘍の治癒が遅れる。 -
亜鉛
亜鉛は免疫系や組織修復に関与しており、欠乏すると傷の治癒が遅れ、口腔内の粘膜が脆弱になる。
| 欠乏栄養素 | 症状 |
|---|---|
| ビタミンB2 | 口角炎、舌の炎症、唇のひび割れ |
| ビタミンB6 | 舌の痛み、しびれ、口内炎 |
| ビタミンB12 | 舌の萎縮、潰瘍、灼熱感 |
| 鉄 | 貧血、舌の痛み、口内炎 |
| 亜鉛 | 味覚異常、傷の治癒遅延、口内潰瘍 |
2. 免疫力の低下
免疫機能が低下すると、通常であれば防御できるような微細な刺激や病原体に対して口腔粘膜が過敏に反応し、潰瘍を形成することがある。
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風邪やインフルエンザ後
一時的な免疫低下が引き金となり、口内炎が発症することがある。 -
慢性疾患(糖尿病、HIVなど)
免疫の恒常的な低下により、再発性口内炎を繰り返すことがある。 -
ステロイドや免疫抑制剤の使用
薬剤性の免疫低下も原因となる。がん治療や臓器移植後などの患者では特に注意が必要である。
3. ストレスおよび心理的要因
精神的・身体的ストレスは、自律神経やホルモンバランスに影響を与え、間接的に口内炎を引き起こす。
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交感神経の過活動により、血流が悪くなり、口腔内の修復が滞る。
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唾液分泌の減少による粘膜の乾燥も、潰瘍の一因となる。
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睡眠不足や過労も免疫力を低下させ、間接的に口内炎を誘発する。
4. ウイルス・細菌・真菌感染
感染性の口内炎は、特に子どもや高齢者に多くみられる。
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単純ヘルペスウイルス(HSV)
初感染時は発熱や全身症状を伴う口唇ヘルペスとして発症し、再発を繰り返すことがある。 -
ヘルパンギーナ、手足口病(エンテロウイルス)
乳幼児に多く、口腔内に水疱や潰瘍を形成する。 -
カンジダ菌(真菌)
免疫低下や抗生物質長期使用により常在菌が異常増殖し、白苔を伴う口内炎を引き起こす。
5. 外的刺激や物理的損傷
口腔内の物理的な刺激や損傷も直接的な原因となる。
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誤って噛む
頬の内側や舌を噛んでしまった部位が潰瘍化する。 -
義歯や矯正器具の摩擦
長期的な刺激によって慢性的な炎症や潰瘍が生じる。 -
熱傷や化学刺激
熱い食べ物、酸性や辛味の強い食品、アルコールなどによる刺激も原因となる。
6. アフタ性口内炎(再発性アフタ)
多くの人が経験する最も一般的な口内炎であり、特に明確な原因が見つからないことが多い。
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小さな白い潰瘍が1つまたは複数発生する。
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自然に1〜2週間で治癒するが、再発を繰り返す。
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遺伝的要因や自己免疫異常、ストレスなどが関与しているとされる。
7. ホルモンの変動
とくに女性においては、月経周期や妊娠、更年期などのホルモン変動に伴い、口腔粘膜が過敏になり、口内炎が生じることがある。
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エストロゲンの減少は、粘膜の乾燥や脆弱化を引き起こしやすい。
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妊娠中は免疫バランスの変化やビタミン需要の増加が原因となる。
8. アレルギーおよび過敏反応
一部の食品や歯磨き粉、金属、薬品などに対するアレルギーや過敏反応も口内炎の原因となる。
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食品添加物(保存料、着色料)
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ナッツ類、チョコレート、トマトなどの刺激食品
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ラウリル硫酸ナトリウム(SLS)含有の歯磨き粉
9. 消化器系疾患との関連
消化器疾患との関連性も見逃せない。
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クローン病や潰瘍性大腸炎
全身性の自己免疫性炎症疾患であり、口腔内のアフタや潰瘍が先行して現れることがある。 -
セリアック病
グルテンに対する自己免疫反応があり、鉄やビタミンB群の吸収障害を起こすことがあるため、間接的に口内炎を誘発する。
10. 医薬品による副作用
特定の医薬品は口腔粘膜に影響を与え、潰瘍や炎症を引き起こすことがある。
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抗がん剤、免疫抑制剤:口腔粘膜炎が副作用としてよくみられる。
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抗生物質:口腔内常在菌のバランスが崩れ、真菌感染を助長する。
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NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬):胃腸粘膜と同様に口腔粘膜にも影響を及ぼす場合がある。
結論と予防
口内炎は単なる一過性の症状である場合も多いが、その背景には栄養不良や免疫異常、慢性疾患、薬剤性など多様な要因が潜んでいる。したがって、単に表面的な治療にとどまらず、根本原因に対する理解と対策が重要である。以下の点に留意することで予防につなげることができる:
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バランスの良い食事と適切なビタミン・ミネラル補給
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規則正しい生活習慣と十分な睡眠
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ストレスマネジメントの実践
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適切な口腔ケアと定期的な歯科受診
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医薬品の副作用に関する知識と相談
日本においては特に高齢化社会が進む中で、口腔内の健康を維持することが全身の健康維持にも直結する重要な要素である。口内炎はその一つのシグナルとして、軽視せず、適切な対応を心がけることが求められる。
