問題行動を示す学生、すなわち「生徒指導上の困難を伴う学生」への対応は、教育現場において極めて重要である。特に義務教育段階では、行動の逸脱は学級経営全体に影響を与える可能性があり、教師の精神的負担を増す要因ともなる。そのため、表面的な「叱責」や「罰則」ではなく、児童・生徒の背景や心理、社会的環境を考慮した包括的な対応が求められる。本稿では、科学的知見と教育現場の実践例を踏まえ、問題行動を示す生徒に対する効果的かつ実際的な対応方法を探る。
生徒が「問題行動」を起こす要因
生徒の行動には常に原因が存在する。その行動を「問題」としてラベリングする前に、背景にある環境的・心理的要因の理解が不可欠である。代表的な要因は以下のとおりである。

要因分類 | 具体的要因の例 |
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家庭環境 | 両親の不在、経済的困窮、家庭内暴力、ネグレクトなど |
学校環境 | 教師との関係不良、いじめ、学業不振、孤立感など |
個人的要因 | ADHD、ASD、反抗挑戦性障害、感情調整の困難 |
社会的要因 | SNSの影響、地域環境の荒廃、不適切なロールモデル |
特に、注意欠如・多動性障害(ADHD)や自閉スペクトラム症(ASD)の特性は、他者との円滑な関係性を築く上で障壁となりやすく、誤って「反抗的」と見なされるケースが多い。教師がこうした発達特性への理解を深めることは、適切な対応の第一歩となる。
対応の基本方針:罰ではなく理解と支援
問題行動を叱ること自体は即効性があるように見えても、長期的には根本的な解決にはならない。逆に、怒りをぶつけるだけでは信頼関係を損ない、生徒の反発心を強めてしまう恐れがある。効果的な対応には、以下の三原則を基本とする必要がある。
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冷静な観察と記録:問題行動の「頻度」「時間」「場所」「前後の状況」を客観的に記録し、行動のパターンやトリガーを把握する。
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一貫性のある対応:教師間で対応方針を共有し、対応がぶれないようにする。
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肯定的強化の活用:良い行動に対して積極的に称賛し、望ましい行動を強化する。
実践的対応策
1. 話を聴く姿勢の構築
生徒が問題行動を通じて何らかのメッセージを発していると仮定したとき、まず必要なのは「聴くこと」である。強い口調で「なぜそんなことをした!」と詰め寄るのではなく、「何があったの?」「困っていることはある?」と共感的に接することで、信頼関係を築くことができる。カウンセリングマインドを教師が有することは極めて有効である。
2. クラスルームマネジメントの工夫
問題行動の多くは授業中に発生する。集中が続かない、授業に興味を持てない、あるいは目立ちたいという動機による行動が多い。そのためには以下の工夫が有効である。
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授業中に役割を与える(配布係、板書係など)
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アクティブラーニング型授業を取り入れる(発表、ディスカッションなど)
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タイムマネジメントを明確にし、小目標で区切る
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「見せしめの叱責」ではなく、「個別対応」を基本とする
3. 学校と家庭との連携
家庭環境に原因がある場合、教師の力だけでは限界がある。保護者との連携を密にし、学校と家庭で一貫した方針を共有することが重要である。ただし、保護者が教育に無関心、あるいは反発的な場合もあるため、専門機関(スクールカウンセラー、児童相談所、教育支援センター等)との連携も検討する必要がある。
4. 専門機関との連携
発達障害の診断が疑われるケースでは、早期の専門的支援が極めて重要である。学校心理士や特別支援教育士、医療機関などと連携し、必要に応じて通級指導や個別支援計画を作成することで、生徒の適応力を高める支援が可能となる。
効果的な声かけの例
問題行動に対して効果的な言葉のかけ方を知ることは、教師にとって重要なスキルである。以下に、よくある場面ごとの適切な声かけの例を示す。
状況 | NGな声かけ | 望ましい声かけ例 |
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授業中の私語 | 「うるさい!静かにしなさい」 | 「○○さんの話、あとでゆっくり聞くよ」 |
他者への暴言や暴力 | 「なんてひどいことを!」 | 「何があってそう言いたくなったのかな?」 |
宿題を出さない | 「また忘れたの?やる気ないの?」 | 「何か困ってることがあるのかな?」 |
無断で教室を出る | 「勝手なことするな!」 | 「教室を出るほど辛かったのかな?」 |
事例研究:ある中学2年生のケース
A君(仮名)は、授業中の立ち歩き、他者への暴言、教師への反抗など、目立つ問題行動を繰り返していた。教師は当初、厳しい指導と罰則を用いたが、効果は見られず、A君の行動はさらにエスカレートした。
学校はスクールカウンセラーと連携し、家庭訪問を実施したところ、両親の不仲と過干渉、A君自身のADHD傾向が明らかになった。その後、以下の対応がなされた。
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時間割に応じた個別支援計画の策定
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毎朝の短時間チェックイン(感情の確認)
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毎週カウンセラーとのセッション
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授業中の行動改善を日誌に記録、成功体験の可視化
結果、A君の問題行動は徐々に減少し、現在では学級の一員として自分の役割を果たすようになっている。
予防的アプローチの重要性
問題が表面化してからの対応だけでは限界がある。むしろ重要なのは「問題が起きない環境」をあらかじめ整備することである。
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生徒との信頼関係を日常的に築く(あいさつ、名前を呼ぶなど)
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安心感のある教室作り(明るい雰囲気、差別やいじめを許さない文化)
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生徒の特性や個性を理解する時間を設ける(個別面談、アンケート等)
結論:教師の専門性と人間性が試される対応
問題行動は、単に「指導対象」として扱うべきではなく、「背景を持ったひとりの人間の表出」として受け止めるべきである。教師に求められるのは、行動そのものを断罪する姿勢ではなく、その行動の「意味」を探る姿勢である。そこには心理学的知識、カウンセリングスキル、柔軟な授業運営、家庭との連携、そして何より「生徒を信じる力」が必要となる。
教室における問題行動は、教師の成長機会でもある。どんな生徒であっても、尊重され、支えられるべき存在であり、その信念こそが日本の教育の根幹であるといえる。
参考文献
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文部科学省「生徒指導提要」(令和4年改訂版)
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日本教育心理学会『教育心理学年報』
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山本俊樹(2020)『発達障害の子どもへの具体的支援』学苑社
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佐藤智子(2019)『中学校教師のための生徒指導ハンドブック』明治図書
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橋本昭生(2022)『カウンセリングの基本技法と学校現場での応用』誠信書房
日本の教育現場における真の改革は、「問題行動を起こす子ども」を排除するのではなく、「その行動に向き合い続ける教師の姿勢」から始まるのである。