メンタルヘルス

多重結婚と精神的健康

多重結婚(ポリガミー)と精神医学:社会文化的実践と精神的健康の相互作用に関する包括的考察

多重結婚、すなわち一人の配偶者が複数の結婚関係を持つ形態は、宗教的・文化的背景によって正当化されてきた社会制度である。特にイスラム社会や一部のアフリカ諸国などにおいては、ポリガミー(polygamy)は長い歴史を持つが、現代社会においては倫理的、法的、そして心理学的観点から大きな議論を呼んでいる。本稿では、多重結婚が精神的健康に与える影響について、精神医学的文献と臨床データを用いながら、包括的に考察する。


1. 多重結婚の定義と文化的背景

多重結婚には主に二つの形式が存在する。ひとつは一人の男性が複数の女性と結婚する「一夫多妻制(polygyny)」であり、もうひとつは一人の女性が複数の男性と結婚する「一妻多夫制(polyandry)」である。圧倒的に多いのは前者であり、精神医学的研究の対象となっているのも主に一夫多妻制である。

多重結婚が容認される背景には、宗教的信条、経済的理由、子孫繁栄のための戦略、社会的ステータスの誇示などがある。例えば、イスラム法では特定の条件の下で最大4人の妻を持つことが許されているが、それには平等な待遇を保証する責任が課せられている。


2. 精神的健康と婚姻形態の関係

精神医学における婚姻形態の研究は、個人のウェルビーイング、うつ症状、不安障害、自己評価、社会的支援など多くの側面に関わっている。多重結婚における特異な家庭構造と役割分担、配偶者間の競争、親子関係の複雑化などは、精神的健康に重大な影響を与える可能性がある。

多くの研究により、多重結婚家庭の女性は以下のような心理的困難を経験しやすいことが示されている:

精神的健康問題 一般的な報告頻度 影響の要因
抑うつ症状 高い 配偶者間の不公平、感情的な疎外感
不安障害 高い 不安定な関係性、経済的ストレス
自尊心の低下 中程度〜高い 比較意識、愛情の分配
孤独感 高い 夫の不在、対話の欠如
親子関係の歪み 中程度 親密さの偏り、母親同士の緊張

これらの症状は、特に感情の一貫性や安定性を必要とする女性や子供にとって深刻な長期的影響をもたらす。


3. 多重結婚と女性の精神的健康

多くの研究が示すように、一夫多妻制においては、女性たちが高いレベルの抑うつ、不安、自尊心の低下を経験する傾向が強い。これは主に、感情的および物理的な配慮の不平等に起因する。例えば、ある研究では一夫一妻制の女性と比較して、一夫多妻制の女性の方が有意に高い抑うつスコアを示した(Al-Krenawi & Graham, 2006)。

特に感情的サポートの欠如は重大であり、配偶者間での愛情や注意の「競争」は女性に深刻なストレスを与える。彼女たちはしばしば、自分が「二番手」「三番手」であると感じ、それがアイデンティティや価値観に影響を及ぼす。

さらに、一夫多妻制の女性は社会的孤立も感じやすく、他の妻との関係が緊張状態にある場合、味方の不在という状態に陥ることがある。


4. 子どもへの影響

多重結婚家庭に育つ子どもたちにも、精神的な課題が観察されている。特に、家庭内での優先順位や感情的な結びつきに格差が存在する場合、以下のような心理的問題が発生しやすい:

  • 親からの情緒的サポートの欠如

  • 兄弟姉妹間の競争と対立

  • 母親の精神状態の影響を受ける

  • 自己価値感の低下

  • 学業成績の不安定さ

これらの要因は、子どもたちの発達や人格形成に大きく影響する可能性がある。特に、抑うつ傾向や攻撃的行動、情緒不安定性などは、多重結婚家庭で育った子どもに頻繁に見られる。


5. 男性側の精神的影響

一方で、複数の配偶者を持つ男性自身にも精神的な負担がある。経済的責任の増加、妻間の関係管理、子育てへの関与の複雑さは、ストレスレベルの上昇や怒り、疲労感を誘発する。

一部の男性はこのような負担により、うつ症状や睡眠障害、仕事のパフォーマンス低下を経験しているとの報告もある。特に、感情的成熟が未熟な男性は、複数の妻の感情を管理することが困難であり、その結果、家庭全体の機能不全を引き起こすこともある。


6. 精神科臨床における介入と支援の課題

多重結婚に起因する精神的問題に対処するためには、文化的文脈を十分に理解した上での精神医療介入が必要である。単に「多重結婚は悪である」との前提で関与することは、患者との信頼関係を損なう可能性が高い。

以下は臨床における実践的なアプローチである:

対象 介入の例
認知行動療法、自己肯定感の育成、集団療法による感情共有
ストレス管理教育、カップル・カウンセリング、責任分担の明確化
子ども 遊戯療法、発達心理相談、家族療法

また、文化的仲介者(例えば宗教指導者や地域のリーダー)との連携も、治療成功の鍵となる。


7. 結論と提言

多重結婚は一部の社会において長い歴史と深い宗教的根拠を持つが、精神的健康に対する影響は軽視できない。特に女性と子どもにおいては、抑うつ、不安、自尊心の低下、家庭内の対立など、多様な問題が発生している。

精神科医療はこれらの問題に対し、中立的で文化的配慮を持った介入を行う必要がある。同時に、社会政策として、結婚制度全体を再評価し、すべての配偶者と子どもの精神的福祉を保護するための法的・教育的サポート体制を整備すべきである。

多重結婚の実態とその心理的影響を正しく理解することは、単に個別の家庭問題に留まらず、社会全体のウェルビーイング向上に不可欠な視点である。将来的には、より多様な文化・宗教圏での大規模な縦断研究を通じて、科学的根拠に基づくガイドラインの策定が望まれる。


参考文献

  1. Al-Krenawi, A., & Graham, J. R. (2006). A comparative study of psychological functioning among Bedouin Arab women living in polygamous and monogamous marriages. Journal of Social Psychology, 146(1), 23–40.

  2. Elbedour, S., Onwuegbuzie, A. J., Caridine, C. A., & Abu-Saad, H. (2002). The effect of polygamous marital structure on behavioral, emotional, and academic adjustment in children: A comprehensive review. Clinical Child and Family Psychology Review, 5(4), 255–271.

  3. Gage-Brandon, A. J., & Meekers, D. (1993). Polygyny and child health and mortality: A global overview. Social Science & Medicine, 37(6), 769–777.

  4. McDermott, R., et al. (2009). Cultural influences on psychiatric diagnosis and intervention: A comparative perspective. Psychiatry and Culture, 8(3), 211–230.

  5. 日本精神神経学会(2021)「多文化社会における精神科医療の課題と対応」。学会誌 第123巻、第2号。

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