成人における腸内寄生虫(腸内線虫)感染の症状とその特徴
成人における腸内寄生虫、特に「腸内線虫」(一般的に「腸の虫」とも呼ばれる)は、発展途上国に限らず、世界中の多くの地域で見られる疾患である。これらの寄生虫は消化管内に寄生し、身体にさまざまな症状を引き起こす。感染経路は、汚染された飲食物の摂取、衛生状態の不備、あるいは動物との接触など多岐にわたる。本記事では、成人が腸内寄生虫に感染した場合に現れる主な症状、診断方法、影響、および治療の基本について、科学的な視点から詳述する。
腸内寄生虫の主な種類と特徴
腸内寄生虫にはさまざまな種類が存在するが、特に人間に感染しやすいものとして以下のような種類が挙げられる。
| 寄生虫の名称 | 分類 | 主な感染経路 | 主な寄生部位 |
|---|---|---|---|
| 回虫(Ascaris lumbricoides) | 線虫類 | 汚染された飲食物 | 小腸 |
| 蟯虫(Enterobius vermicularis) | 線虫類 | 接触感染(特に手) | 直腸付近 |
| 鞭虫(Trichuris trichiura) | 線虫類 | 糞口感染 | 大腸 |
| 条虫(サナダムシ類) | 扁形動物 | 加熱不十分な肉 | 小腸 |
| ランブル鞭毛虫(Giardia lamblia) | 原虫 | 汚染水 | 小腸 |
これらの寄生虫は、各々異なる生態や病理を持ち、それぞれに応じた症状を引き起こす。しかしながら、多くの腸内寄生虫は共通する症状を呈することが多い。
主な症状とその機序
1. 腹痛
腸内寄生虫に感染した成人に最も多く見られる症状のひとつは腹痛である。特に小腸や大腸に寄生する回虫や鞭虫などは、腸壁を刺激し、炎症反応や腸管の異常収縮を引き起こす。これにより、周期的なけいれん性の痛みや、継続的な鈍い痛みが発生する。
2. 慢性的な下痢または便秘
寄生虫は腸内の環境を乱し、消化吸収機能を妨げる。その結果、水様性の下痢、あるいは便秘が交互に出現する場合がある。特にランブル鞭毛虫に感染した場合は、脂肪便と呼ばれる油っぽい便が排出されることがあり、これは脂肪の吸収障害を示す兆候である。
3. 体重減少と栄養失調
消化管内で栄養を奪う寄生虫は、宿主のエネルギー源を横取りする。このため、十分な食事をしていても体重が減少し、長期的にはタンパク質・ビタミン・ミネラル不足に陥る危険性がある。特に鉄欠乏性貧血やビタミンB12欠乏症はよく見られる合併症である。
4. 悪心・嘔吐
腸内の刺激により、消化管の蠕動運動が乱れることで、悪心や嘔吐が生じる場合がある。これは、寄生虫の分泌物や腸粘膜への物理的な刺激によるものである。
5. 膨満感とガスの発生
腸内のバランスが乱れることで、腸内細菌叢にも影響を与え、異常発酵が進行する。この結果、ガスが多量に発生し、膨満感やげっぷ、腹鳴といった不快な症状が現れる。
6. 肛門周辺のかゆみ(特に夜間)
特に蟯虫に感染した場合、夜間に雌の虫が肛門周囲に卵を産み付けるため、強いかゆみが生じる。このため、睡眠の質が低下し、慢性的な疲労やイライラの原因にもなりうる。
7. 全身症状:倦怠感、集中力低下、頭痛
栄養不良や慢性的な炎症反応は、全身症状として倦怠感、集中力の低下、さらには原因不明の頭痛を引き起こすことがある。特に仕事や学習に支障をきたすことも多い。
合併症のリスク
腸内寄生虫が長期間にわたり駆除されずに存在し続ける場合、以下のような合併症が生じるリスクがある:
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腸閉塞:特に多数の回虫が小腸内に集まると、腸管が閉塞され緊急手術が必要になる場合がある。
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虫垂炎の誘発:寄生虫が虫垂に入り込むことで、炎症を引き起こし虫垂炎(盲腸)となる可能性がある。
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肝臓や肺への移行:一部の寄生虫(例:回虫の幼虫)は、血流に乗って肝臓や肺へ移動することがあり、これにより異所性感染やアレルギー反応が引き起こされる。
診断方法
腸内寄生虫の診断は、以下のような検査を通じて行われる:
| 検査項目 | 説明 |
|---|---|
| 便検査 | 卵や虫体を顕微鏡で確認 |
| 抗原検査 | 特定の寄生虫に対する抗原を検出 |
| 血液検査 | 好酸球の増加や炎症マーカーの確認 |
| 画像検査 | 腸閉塞や寄生虫の塊を確認(X線、CTなど) |
| セロロジー | 寄生虫に対する抗体を測定 |
特に便の検査は最も基本的であり、複数回にわたって行うことで検出率を高めることができる。
治療法
腸内寄生虫の治療には、以下のような駆虫薬が用いられる:
| 薬剤名 | 対象となる寄生虫 | 投与方法 |
|---|---|---|
| メベンダゾール | 回虫、鞭虫、蟯虫など | 単回投与または数日間の内服 |
| アルベンダゾール | 多くの線虫に有効 | 1回または3日連続投与 |
| プラジカンテル | 条虫、吸虫など | 体重に応じた1回投与 |
| メトロニダゾール | 原虫(ランブル鞭毛虫など) | 5〜7日間の内服 |
治療後には再感染を防ぐため、家族全体での駆虫や生活環境の改善が不可欠である。また、必要に応じて鉄剤やビタミン補充などの支持療法が行われる。
予防と生活習慣の改善
腸内寄生虫感染を防ぐためには、以下のような衛生習慣の徹底が重要である:
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食材は十分に加熱する
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水は煮沸または浄水してから飲む
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トイレ後や食事前の手洗いを徹底する
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生野菜はしっかりと洗浄する
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ペットの衛生管理と定期的な駆虫を行う
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公共のトイレ使用後にはアルコール消毒を励行する
結語
成人における腸内寄生虫感染は、時に軽視されがちだが、放置すれば重篤な栄養障害や消化器疾患、さらには生命に関わる合併症へと進展するリスクがある。したがって、消化器症状や体調不良が続く場合には、腸内寄生虫の存在も疑い、適切な診断と治療を受けることが重要である。日本においても、海外渡航歴のある人々や、飲食店業務に携わる人々などが感染リスクを抱えているため、感染症予防の啓発と、医療現場での正確な対応が今後ますます求められる。
参考文献
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世界保健機関(WHO)「Soil-transmitted helminth infections」
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厚生労働省 感染症情報センター「寄生虫感染症の概要」
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Centers for Disease Control and Prevention(CDC)「Parasites – General Information」
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日本寄生虫学会 編『臨床寄生虫学ハンドブック』
