過敏性腸症候群や機能性下痢などに伴う「大腸(特に結腸)に関連する痛み」:その部位・性質・原因と対処法
大腸、特に「結腸」と呼ばれる部分に関連する痛み、すなわち「いわゆる“痛む場所”としての“腸の痛み”」は、消化器症状として非常に頻繁に報告されるものであるが、その位置や性質は多岐にわたり、単一の疾患に特定されるものではない。特に、近年急増している「過敏性腸症候群(IBS)」に代表される機能性疾患においては、痛みの感じ方や場所は個人差が大きく、臨床的にも詳細な理解と区別が必要とされる。

痛みの典型的な部位
結腸に起因する痛みは、多くの場合、腹部の特定の領域に集中する。以下に主な部位を示す。
結腸の部位 | 位置(解剖学的) | 痛みを感じる主な場所 |
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上行結腸 | 右腹部(肋骨下〜腸骨稜の間) | 右側腹部、右下腹部 |
横行結腸 | 上腹部中央(胃の上あたり) | みぞおち、あるいはへその周囲 |
下行結腸 | 左腹部(脾臓下〜腸骨稜の間) | 左側腹部、左下腹部 |
S状結腸 | 左下腹部(骨盤に近い) | 下腹部中央〜左下腹部 |
直腸 | 骨盤内(肛門近く) | 下腹部〜肛門奥、時に腰部に放散する |
特に左下腹部の痛みは、S状結腸の痙攣や過敏によるものであることが多く、過敏性腸症候群や便秘型の機能性腸障害において典型的である。
痛みの性質と特徴
結腸由来の痛みは、その性質において他の臓器由来の痛みと識別可能な特徴を持つ。
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間欠的な性質:痙攣性、周期的に波のように襲ってくる。
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排便後の軽減:排便あるいは排ガスによって痛みが軽減または消失する傾向がある。
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腹部膨満感を伴うことが多い:ガスの貯留や蠕動運動の異常による。
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食後に悪化する傾向:特に脂肪分の多い食事や発酵性の高い炭水化物の摂取後。
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夜間はほとんどみられない:機能性の痛みは、睡眠中には通常発現しない。
痛みの原因となる代表的疾患
1. 過敏性腸症候群(IBS)
非常に一般的な機能性腸疾患であり、腸に器質的異常はないにもかかわらず、腹痛や腹部不快感、便通異常(便秘、下痢またはその交互)を呈する。
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痛みの部位:最も多いのは左下腹部。
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痛みの性質:痙攣性、排便後に軽減。
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他の症状:粘液の混じる便、ガス貯留、緊張やストレスで悪化。
2. 便秘型機能性障害
慢性的な便秘によって、腸管が膨張し、ガスや便塊によって腸壁が伸展されることにより痛みが出現する。
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痛みの部位:左側腹部〜左下腹部が多い。
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特徴:排便後に改善、繰り返す硬便。
3. 潰瘍性大腸炎・クローン病(炎症性腸疾患)
腸粘膜の慢性炎症が主体。若年者に多く、重症化することもある。
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痛みの部位:広範囲にわたることがあるが、左下腹部や下腹部全体に集中する傾向。
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他の症状:血便、下痢、発熱、体重減少。
4. 大腸憩室症
結腸の壁にできた小さなポケット(憩室)が炎症を起こすことで痛みを生じる。
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痛みの部位:**左下腹部(特にS状結腸付近)**が多い。
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特徴:発熱や白血球上昇を伴うことも。
鑑別診断として考慮すべき他の疾患
疾患名 | 痛みの主な部位 | 備考 |
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虫垂炎 | 右下腹部 | 初期はみぞおち→移動性の痛み |
卵巣嚢腫・捻転 | 下腹部(片側) | 婦人科的精査が必要 |
尿路結石 | 側腹部〜下腹部 | 尿に血が混じる、突然の激しい痛み |
腸閉塞 | 全腹部(移動性) | 嘔吐、ガス停止、排便停止を伴う |
大腸がん | 部位により異なる | 痛みよりも血便や便通異常が主な初期症状 |
痛みの評価法と診断
医療機関では、以下の手法によって痛みの評価と原因特定が行われる。
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問診:痛みの性質、持続時間、誘因、排便との関連。
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身体診察:腹部の視診・触診、直腸指診。
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血液検査:炎症所見(白血球・CRP)、貧血の有無。
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腹部超音波・CT検査:炎症や腫瘍性病変の除外。
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大腸内視鏡検査:粘膜状態の直接観察、組織検査。
治療と対処法
機能性(特にIBSや便秘)による痛みの対策
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食事療法:
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発酵性炭水化物(FODMAP)を制限。
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食物繊維の種類と量を調整(便秘型には水溶性繊維を推奨)。
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生活習慣の改善:
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規則正しい食事、十分な水分摂取。
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睡眠とストレスマネジメント(特にIBSにおいて重要)。
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薬物療法:
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消化管運動調整薬(トリメブチンなど)。
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便秘型には酸化マグネシウムやルビプロストン。
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下痢型にはロペラミドやエロキサチンなど。
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心理的アプローチ:
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認知行動療法やマインドフルネスが効果的であるとされる。
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注意すべき警告症状(赤旗徴候)
結腸性の痛みであっても、以下の症状が伴う場合は、早急な医療機関受診が推奨される。
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血便や黒色便
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原因不明の体重減少
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発熱を伴う強い腹痛
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夜間痛や安静時痛
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家族歴に大腸がんや炎症性腸疾患がある場合
結語
結腸に由来する腹部痛は、非常に一般的であると同時に、背景にある原因は多岐にわたるため、痛みの位置や性質だけで自己判断することは危険である。特に、機能性であるにもかかわらず生活の質を著しく低下させる「過敏性腸症候群」では、適切な診断と継続的な生活習慣・食事の管理が必要である。もし、痛みが継続する、あるいは警告症状がみられる場合は、必ず専門医を受診し、内視鏡検査などの精査を受けるべきである。
参考文献:
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日本消化器病学会ガイドライン「過敏性腸症候群(IBS)の診断と治療」
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厚生労働省e-ヘルスネット「大腸の病気」
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日本内科学会雑誌「機能性腸障害における腹痛のメカニズム」