妊娠・出産時の疾患

妊娠中の尿中タンパク原因

妊娠中の尿中タンパク質の増加:原因とそのメカニズムの全容

妊娠は生理的にも代謝的にも女性の身体に大きな変化をもたらす複雑な現象である。これらの変化の中で、尿検査におけるタンパク質の存在、すなわち「尿蛋白」は、しばしば注意深く観察されるべき重要な指標である。特に妊娠中においては、尿中にタンパク質が検出されることは異常であり、その背景には単なる一過性の変化から深刻な病理状態まで様々な原因が存在する。本稿では、妊娠中の尿中タンパク質の増加(蛋白尿)について、最新の医学的知見に基づき、原因、機序、分類、検査法、管理方針に至るまで包括的に論じる。


尿中タンパク質とは何か?

健康な成人では、尿に含まれるタンパク質量は非常に少なく、通常は1日あたり150mg未満である。糸球体や尿細管といった腎臓のフィルター機構が、血液中のタンパク質を効率的に再吸収・選別しているためである。しかし妊娠中、この機構に何らかの異常や過負荷が生じると、タンパク質が尿中に漏れ出すようになる。


妊娠中の尿蛋白の分類と診断基準

尿中タンパク質の検出は以下のように分類される。

分類 タンパク質排泄量 (24時間尿) 臨床的意味
正常範囲 ~150mg/日 生理的範囲
軽度蛋白尿 150〜300mg/日 要経過観察
中等度蛋白尿 300〜2000mg/日 病的状態の可能性あり
重度蛋白尿 2000mg/日以上 高度な腎障害や妊娠合併症の可能性

また、妊娠中に新たに300mg/日以上の蛋白尿が認められた場合、妊娠高血圧症候群(preeclampsia)の診断基準の一部として扱われる。


妊娠中の尿中タンパク質増加の主な原因

1. 妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症、子癇前症)

最も重要かつ緊急性を要する原因である。以下の病態が含まれる。

  • 妊娠高血圧(PIH)

    20週以降に発症する高血圧だが、タンパク尿がなければ非重症型に分類される。

  • 子癇前症(preeclampsia)

    高血圧とともに300mg/日以上の蛋白尿が出現。重症型では肝機能障害、血小板減少、腎機能障害、肺水腫、視覚障害などが併発する。

  • 子癇(eclampsia)

    子癇前症に痙攣が加わったもの。母体と胎児の生命に関わる危険な状態。

子癇前症の病態は、胎盤形成の異常によって母体の血管内皮機能が障害され、腎糸球体の透過性が高まることで蛋白尿を呈するというものである。胎盤から放出されるsFlt-1などの抗血管内皮成長因子が重要な因子として知られている。

2. 尿路感染症(膀胱炎、腎盂腎炎)

妊娠中は尿管の弛緩と膀胱容量の増加により、尿の停滞が起こりやすく、感染症のリスクが増す。感染に伴う炎症性のタンパク質漏出が原因となり、一時的に尿中にタンパク質が出現することがある。

3. 妊娠に伴う生理的変化

妊娠中期から後期にかけて、腎血流量および糸球体濾過量(GFR)は50%近くまで増加する。このため、生理的蛋白尿が一過性に出現することがあるが、通常は150mg/日以下である。

4. 慢性腎疾患の悪化

妊娠前から存在する糸球体腎炎、ループス腎炎、糖尿病性腎症などの慢性腎疾患が妊娠によって悪化し、タンパク尿が増加するケースがある。特にループス腎炎においては、妊娠を契機に再燃する可能性が高く、精密な管理が必要となる。

5. 糖尿病や高血圧の合併症

妊娠糖尿病や慢性高血圧は、それぞれ腎機能に悪影響を及ぼすことがあり、糸球体透過性の亢進を招き、蛋白尿が出現する。


検査と診断アプローチ

尿中タンパクの評価には以下の方法がある:

検査法 特徴
尿試験紙(スティック検査) 簡便かつ迅速だが感度に限界がある
尿蛋白/クレアチニン比 外来での評価に適し、24時間尿に近い精度
24時間尿蛋白定量 最も正確な方法だが手間がかかる

加えて、血圧測定、血液検査(腎機能、肝機能、凝固系)、胎児超音波などの全身的評価も必要となる。


管理と治療方針

妊娠中の蛋白尿の管理は、その原因と重症度に応じて異なる。

生理的蛋白尿または軽度の場合:

  • 経過観察と定期的な検査

  • 塩分制限や適切な体重管理

  • 水分補給の促進

子癇前症が疑われる場合:

  • 入院管理

  • 血圧コントロール(ラベタロール、ヒドララジンなど)

  • 抗痙攣薬(硫酸マグネシウム)の予防的使用

  • 胎児成熟のためのステロイド投与(ベタメタゾン)

  • 分娩時期の決定(重症型では早期分娩も)

感染症が原因の場合:

  • 抗菌薬の投与(胎児への安全性を考慮)

  • 水分補給

  • 熱や痛みへの対症療法


予後と注意点

子癇前症に伴う蛋白尿は、分娩後に症状が急速に改善することが多いが、まれに慢性腎疾患へ進行することもあるため、出産後も数ヶ月にわたり腎機能のモニタリングが重要である。

また、妊娠高血圧症候群の既往がある女性は、将来的に高血圧や脳心血管疾患のリスクが高まるという報告もある(Brown et al., Lancet, 2013)。したがって、長期的な健康管理の一環として、生活習慣の見直しや定期健診が推奨される。


結論

妊娠中の尿中タンパク質の増加は、一見些細な変化であっても重大な合併症の兆候である可能性がある。特に妊娠高血圧症候群の早期発見と管理は、母子の生命を守る鍵となる。したがって、妊婦健診での尿検査は単なる形式的な検査ではなく、母体と胎児の健康を守るための非常に重要なプロセスであることを忘れてはならない。日本の妊婦さんやその家族、そして医療従事者がこの問題について正しい知識を持ち、連携して対応していくことが、より安全な妊娠・出産への道を開くのである。


主な参考文献

  1. American College of Obstetricians and Gynecologists (ACOG). “Hypertension in Pregnancy”, 2020.

  2. 日本産科婦人科学会『産科診療ガイドライン 2022』

  3. Brown MC, et al. “Hypertensive disorders of pregnancy and later cardiovascular disease: a systematic review and meta-analysis.” Lancet. 2013.

  4. National Kidney Foundation. “Proteinuria: Symptoms, Causes and Treatment”, 2021.

  5. 日本腎臓学会「尿タンパク測定法のガイドライン」2021年版。

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