妊娠中の女性にとって、栄養は母体の健康だけでなく胎児の正常な発育においても極めて重要な要素である。その中でも特に重要とされている栄養素の一つが「葉酸(ようさん、英語でFolic Acid)」である。葉酸はビタミンB群に属し、水溶性ビタミンであり、細胞分裂やDNA合成などに深く関わる栄養素である。この記事では、葉酸がどのような食品に含まれているのか、また妊婦にとっての役割や重要性について、科学的根拠と共に包括的に解説する。
葉酸の基本的な役割
葉酸は、細胞の増殖や再生を促す重要な栄養素であり、特に胎児の神経管の発達において欠かせない。神経管は妊娠初期、つまり妊娠4週目前後に形成される脳や脊髄の原型であり、この時期に葉酸が不足していると「神経管欠損症(Neural Tube Defects:NTDs)」と呼ばれる重篤な先天異常のリスクが高まる。

さらに、葉酸は赤血球の合成にも関与しており、妊娠中に起こりやすい貧血の予防にも役立つ。
葉酸を豊富に含む食品
葉酸は多くの植物性食品や動物性食品に自然に含まれており、また一部は強化食品(フォーティファイドフード)として添加されている。以下に代表的な食品と含有量を示す。
食品名 | 100gあたりの葉酸含有量(μg) |
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茹でたほうれん草 | 約210 μg |
茹でたブロッコリー | 約180 μg |
枝豆(茹で) | 約260 μg |
レバー(鶏、牛、豚) | 800~1000 μg |
アボカド | 約80 μg |
オレンジジュース(100%) | 約30~50 μg |
納豆 | 約120 μg |
強化シリアル(製品による) | 100~400 μg |
葉酸は熱に弱く、水に溶けやすいため、調理方法に注意が必要である。例えば、茹でるよりも蒸すほうが葉酸の損失を防ぎやすい。
妊婦に推奨される摂取量
日本人の食事摂取基準(厚生労働省、2020年版)によると、一般成人女性の葉酸推奨摂取量は1日あたり240μgであるが、妊娠を計画している女性や妊娠初期(妊娠0〜12週)にある女性には、食事からの摂取に加えて、サプリメントなどから1日あたり400μgの合成葉酸の摂取が推奨されている。
これは、自然食品からの葉酸だけでは必要量を満たすのが難しいためであり、サプリメントによって神経管欠損症の発症リスクを大幅に低下させることが国内外の研究で証明されている(Czeizel & Dudas, 1992)。
葉酸の不足が及ぼす影響
葉酸が不足すると、胎児に以下のような問題が生じる可能性がある:
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神経管欠損症(例:二分脊椎、無脳症)
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低出生体重児
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早産のリスク上昇
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口唇裂や口蓋裂などの先天異常の増加
また、母体側にも以下のような影響がある:
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巨赤芽球性貧血:DNA合成障害により未成熟な赤血球が多くなる
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疲労感、免疫力の低下
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精神的な不安定さ(ホモシステイン濃度の上昇と関係)
葉酸の過剰摂取に対する注意
葉酸は水溶性ビタミンであるため、過剰摂取による急性毒性は基本的に少ない。しかしながら、1日あたりの上限量は1000μg(合成葉酸)とされており、それを超える摂取は以下のようなリスクを引き起こす可能性がある:
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ビタミンB12欠乏症の症状をマスクする
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胎児における喘息やアレルギー性疾患のリスクが上がるという報告もある(研究途上)
したがって、サプリメントの摂取に関しては必ず医師や栄養士と相談することが望ましい。
妊活中・妊娠初期の女性への推奨事項
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妊娠1か月以上前から葉酸を摂り始めることが極めて重要である。神経管は妊娠に気づく前に形成されるため、事前の栄養管理が鍵となる。
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食事とサプリメントの併用が推奨される。バランスの取れた食事に加え、医師の指導の下でサプリメントから合成葉酸を補うことが望ましい。
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鉄分、ビタミンB12、亜鉛など他の栄養素とのバランスも考慮し、葉酸の効果を最大化する。
科学的根拠と出典
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厚生労働省. (2020). 「日本人の食事摂取基準(2020年版)」
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Czeizel, A. E., & Dudas, I. (1992). Prevention of the first occurrence of neural-tube defects by periconceptional vitamin supplementation. The New England Journal of Medicine, 327(26), 1832-1835.
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Tamura, T., & Picciano, M. F. (2006). Folate and human reproduction. The American Journal of Clinical Nutrition, 83(5), 993-1016.
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World Health Organization (WHO). (2016). Guidelines: Optimal Serum and Red Blood Cell Folate Concentrations in Women of Reproductive Age for Prevention of Neural Tube Defects.
結論
葉酸は妊娠中の女性にとって極めて重要な栄養素であり、特に胎児の神経管の正常な発育に不可欠である。現代の食生活では必要な葉酸量を十分に摂取することが難しい場合があるため、意識的な食品選択とサプリメントの活用が求められる。科学的な根拠に基づいた摂取指針に従うことで、胎児の健康と母体の健康の両方を守ることができる。妊娠を計画している女性、あるいは妊娠初期の女性は、今一度自らの栄養状態と摂取習慣を見直すことが重要である。