子宮出血(しきゅうしゅっけつ):原因、種類、診断、治療法に関する包括的な科学的考察
子宮出血(英語:Uterine Bleeding)は、月経以外の異常な出血や月経周期の異常に関係する症状を指す。これは婦人科領域において極めて一般的な症状であり、女性の生涯を通じてさまざまな時期に現れる可能性がある。とりわけ思春期、更年期、閉経後の女性において頻繁に見られる。子宮出血は、身体的・精神的な苦痛だけでなく、貧血、不妊症、がんのリスクを高める可能性もあるため、早期の診断と適切な治療が重要である。本稿では、子宮出血の分類、主な原因、診断手法、治療法について、最新の科学的知見をもとに詳細に論じる。
1. 子宮出血の分類
子宮出血は主に以下のように分類される:
| 分類 | 内容 |
|---|---|
| 正常月経(正常出血) | 通常21~35日周期、持続日数3~7日、総出血量20~80ml |
| 過多月経 | 出血量が多すぎる(月経カップの漏れ、1時間でナプキンが満杯など) |
| 頻発月経 | 月経周期が短く、21日未満で発現 |
| 稀発月経 | 月経周期が長く、35日以上で発現 |
| 不正出血 | 月経以外の時期に発生する出血(間質出血、接触出血など) |
| 無月経 | 3ヶ月以上月経がない状態(原発性・続発性) |
| 閉経後出血 | 閉経後(12ヶ月以上月経がない)の出血 |
これらのうち「不正出血(異常子宮出血:AUB, Abnormal Uterine Bleeding)」がもっとも医学的関心が高い。AUBは器質的原因と機能的原因に大別され、以下のような分類が行われる。
2. 子宮出血の主な原因
A. 器質的原因(構造的異常)
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子宮筋腫(しきゅうきんしゅ):良性腫瘍であり、特に粘膜下筋腫は大量出血の原因となる。
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子宮内膜ポリープ:内膜の一部が過剰に増殖して突起を形成する。
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子宮腺筋症:子宮内膜組織が筋層内に存在することで出血や疼痛が生じる。
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子宮頸がん・子宮体がん:早期に不正出血として現れることが多い。
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子宮内膜異型増殖症:がんの前段階であり、出血のリスクが高い。
B. 機能的原因(ホルモン異常・全身性要因)
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無排卵性出血:特に思春期や更年期に多く、エストロゲン過剰により子宮内膜が不規則に増殖し剥がれる。
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甲状腺疾患:甲状腺機能亢進症や低下症がホルモンバランスに影響を与える。
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高プロラクチン血症:プロラクチンが高値を示すことで排卵が抑制される。
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血液凝固障害:フォン・ヴィレブランド病などによる止血異常。
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ストレス・過度の運動・急激な体重変化:視床下部-下垂体-卵巣系の機能を妨げる。
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薬剤性:避妊薬、ホルモン補充療法、抗凝固薬などの影響。
3. 子宮出血の診断法
子宮出血の評価においては、まず患者の詳細な病歴聴取と身体診察が不可欠である。加えて以下の検査が行われる。
A. 臨床的評価
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月経歴(初潮年齢、周期、持続日数、出血量)
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不妊歴、出産歴、中絶歴
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薬物使用歴、慢性疾患の有無
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閉経後かどうかの確認
B. 画像診断
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経腟超音波(TV-US):子宮内膜厚、筋腫やポリープの有無を確認
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子宮鏡検査:ポリープや腫瘍の直接観察と生検
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MRI:筋腫や腺筋症などの詳細な評価に有用
C. 血液検査
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血球数(貧血の有無)、鉄分(フェリチン)、甲状腺ホルモン
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ホルモン検査:FSH、LH、プロラクチン、エストラジオール
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出血傾向:PT、aPTT、凝固因子
D. 組織診
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子宮内膜組織診:異型増殖やがんの除外のため必須(特に閉経後出血時)
4. 子宮出血の治療法
治療は原因に応じて大きく異なる。以下に主な治療アプローチを示す。
A. 薬物療法
| 薬剤 | 主な適応 | 効果 |
|---|---|---|
| 経口避妊薬(OC) | 無排卵性出血、機能性出血 | ホルモンバランスの安定化 |
| 黄体ホルモン製剤 | 月経過多、機能性出血 | 子宮内膜の安定 |
| GnRHアゴニスト | 子宮筋腫、腺筋症 | エストロゲン低下による縮小作用 |
| トラネキサム酸 | 月経過多 | 止血作用(抗線溶薬) |
| 鉄剤 | 貧血合併例 | 貧血改善 |
| 子宮内黄体ホルモン放出装置(LNG-IUS) | 月経過多、内膜症 | 子宮内局所作用による出血抑制 |
B. 手術療法
| 手術法 | 適応疾患 | 方法と特徴 |
|---|---|---|
| 子宮内膜焼灼術 | 月経過多、筋腫なし | 子宮内膜を焼灼して出血を抑制 |
| 子宮鏡下手術 | ポリープ、粘膜下筋腫 | 病変を直接切除 |
| 子宮全摘出術 | 子宮体がん、大型筋腫 | 根治的だが侵襲が高い |
| 筋腫核出術 | 妊娠希望例 | 子宮温存可能 |
5. 閉経後出血における注意点
閉経後の出血は、特に子宮内膜が5mmを超える場合には、子宮体がんや内膜異型増殖症の可能性があり、緊急精査が必要である。経腟超音波による内膜厚の計測と、内膜生検が推奨される。
6. 小児および思春期の出血
若年層における出血は、排卵が不安定な無排卵周期によることが多いが、血液疾患(例:血友病、フォン・ヴィレブランド病)を除外する必要がある。特に初経から数年間はホルモン分泌が不安定であり、自然に改善する例も多いが、重度の出血は慎重な対応が必要である。
7. 予後とフォローアップ
子宮出血の予後は原因疾患により大きく異なる。機能性出血の多くは薬物療法で管理可能であり、がんや前がん病変の場合は早期発見が鍵となる。治療後も再発の可能性があるため、定期的な超音波検査、ホルモンレベルの評価、子宮内膜の状態チェックが必要である。
8. 今後の研究と展望
現在、子宮出血に対する分子標的治療、再生医療、ホルモン受容体の遺伝子発現解析など、個別化医療の進展が期待されている。特に再発性子宮内膜増殖症や、治療抵抗性出血に対する新たな介入法の研究が進んでおり、女性のQOL(生活の質)向上に大きく貢献する可能性がある。
参考文献(主な出典)
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日本産科婦人科学会:「産婦人科診療ガイドライン 2023」
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American College of Obstetricians and Gynecologists (ACOG). “Abnormal Uterine Bleeding in Reproductive-Aged Women”
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Munro, M.G., et al. “FIGO classification system (PALM-COEIN) for causes of abnormal uterine bleeding in non-gravid women of reproductive age.” Int J Gynaecol Obstet. 2011.
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日本婦人科腫瘍学会:「子宮体がん取扱い規約」
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日産婦誌「無月経および過多月経の診療指針2022」
子宮出血という一見ありふれた症状は、実は極めて多様な疾患のサインであり、軽視すべきではない。正確な診断と適切な治療選択が、女性の健康と人生の質を守るうえで不可欠である。すべての女性がこの問題に正しく向き合い、専門医と連携することで、将来的な重大な疾患の予防にもつながる。
