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尾骨痛の原因一覧

尾骨痛(尾てい骨痛)の原因:完全かつ包括的な解説

尾骨(尾てい骨)は脊椎の最下部に位置する三角形の小さな骨で、数個の癒合した椎骨から構成されています。通常は日常生活であまり意識されることはありませんが、ここに痛みが生じると座ることすら困難になるほどの不快感を伴うことがあります。この痛みは「尾骨痛(coccygodynia)」または「尾てい骨痛」として知られており、その原因は多岐にわたります。本稿では、尾骨痛の主な原因、発症の仕組み、診断、治療法について科学的かつ包括的に論じます。


1. 外傷による尾骨の損傷

尾骨痛の最も一般的な原因は、尾骨への直接的な外傷です。特に以下のようなケースが該当します。

1.1 転倒による打撲

滑って尻もちをついた場合、尾骨に大きな衝撃が加わり、骨折、亀裂、あるいは軟部組織の損傷が起こることがあります。これによって炎症が生じ、慢性的な痛みへと移行することもあります。

1.2 スポーツによる衝撃

接触の激しいスポーツ(サッカー、ホッケー、スキーなど)において尾骨を打つ事故も尾骨痛の原因となります。

1.3 出産時の圧迫

特に骨盤の小さい女性では、出産時に胎児の頭が尾骨を圧迫し、損傷を引き起こす可能性があります。これは分娩後に持続する尾骨痛の主な要因の一つです。


2. 姿勢の悪さと座位による慢性的圧迫

長時間の不適切な座位、特に硬い椅子や傾いた姿勢で座ることが習慣化している場合、尾骨に継続的な圧力がかかり、炎症や筋肉の緊張を引き起こします。

要因 詳細
長時間の座り仕事 デスクワーク、運転業務など
姿勢の悪さ 猫背や骨盤が後傾した座り方
自転車やバイクの長時間利用 サドルが尾骨に圧力をかけ続ける

このような生活習慣が尾骨周囲の靭帯や筋肉を刺激し、痛みを生じさせることがあります。


3. 尾骨周囲の関節や靭帯の障害

尾骨は仙骨との間に可動性のある関節を持っています。この仙尾関節の機能障害も痛みの要因となります。

3.1 関節の可動性亢進

尾骨が過剰に動くことにより、関節包や周囲組織が刺激され、慢性疼痛が生じます。

3.2 関節の固定

逆に尾骨の動きが制限されすぎている場合にも、座る・立つ動作の際に異常な力がかかり、痛みを引き起こします。


4. 骨疾患や変性疾患

加齢や代謝異常によって骨や関節に変性が起こると、尾骨痛が出現することがあります。

疾患名 概要
骨粗しょう症 骨が脆くなり、わずかな衝撃でも尾骨が損傷する可能性が高まる
変形性関節症 関節軟骨のすり減りによって痛みが発生
石灰沈着性腱炎 石灰が筋腱に沈着し、尾骨付近に炎症を引き起こす

特に閉経後の女性に多くみられる骨粗しょう症は、尾骨の骨折を引き起こすリスク因子として注意が必要です。


5. 腫瘍や嚢胞などの病的要因

ごくまれにではありますが、尾骨周囲に発生する腫瘍や嚢胞が痛みの原因となることもあります。

5.1 尾骨部腫瘍

原発性または転移性の骨腫瘍が尾骨に発生すると、局所の破壊や圧迫によって疼痛を引き起こします。

5.2 仙尾部皮膚瘻・皮膚嚢胞(ピロンイダル嚢胞)

毛穴に皮脂や細菌が入り込み炎症を起こすことで、尾骨部に嚢胞が形成されます。これが膿瘍化すると強い痛みを伴います。


6. 精神的・心理的要因

慢性疼痛症候群や身体表現性障害の一部として尾骨痛が現れることもあります。明確な器質的異常が見られないにもかかわらず、痛みの訴えが持続する場合は、心理的要因やストレス、うつ病との関連が疑われます。


7. 消化器系・泌尿器系・婦人科的疾患による放散痛

尾骨自体に原因がない場合でも、他の臓器からの放散痛が尾骨部に感じられることがあります。

疾患名 特徴
直腸疾患(痔核・直腸癌など) 排便時痛みが強く、尾骨部にも鈍痛が放散することがある
子宮内膜症・卵巣嚢腫 月経周期と連動する尾骨部の痛み
前立腺炎 男性において尾骨の奥に重だるい痛みを感じることがある

これらの疾患では、尾骨痛だけでなく他の症状(例:排便困難、出血、腹部膨満感など)も伴うことが多いため、注意深い鑑別が求められます。


8. 原因不明の尾骨痛(特発性尾骨痛)

全ての検査を行っても原因が特定されない尾骨痛も存在します。これらは「特発性尾骨痛」と呼ばれ、診断と治療においては除外診断が基本となります。神経ブロックや理学療法が治療の中心となることが多く、痛みの緩和を目指して多角的なアプローチが必要です。


診断法と臨床評価

尾骨痛の診断においては、病歴の聴取と身体診察が最も重要です。特に以下の点が診断の手がかりになります:

  • いつから痛みがあるか(発症時期)

  • 痛みの性質(鋭い・鈍い・ズキズキなど)

  • 座ったときや立ったときの痛みの変化

  • 排便・月経などとの関連性

必要に応じて以下の検査が行われます:

検査名 目的
レントゲン検査 骨折や骨の変形の有無を確認
MRI(磁気共鳴画像) 軟部組織、神経、腫瘍の有無を詳細に評価
直腸診 内臓由来の痛みや腫瘤の有無を触診で確認

治療と管理

尾骨痛の治療は原因によって異なりますが、以下のような保存的療法が基本です。

保存的治療法

  • クッションの使用(ドーナツ型):座位による圧迫を緩和

  • 鎮痛薬(NSAIDsなど):炎症と痛みを抑制

  • 理学療法:骨盤底筋や姿勢の改善、電気刺激治療

  • 神経ブロック注射:痛みの強い症例では局所麻酔とステロイド注入

外科的治療

  • 長期間にわたって改善が見られない重度の症例では、尾骨切除術(coccygectomy)を検討することがあります。ただし、侵襲的であるため慎重な適応判断が求められます。


結語

尾骨痛は単なる「座って痛いだけ」の症状と軽視されがちですが、その背景には多くの原因が潜んでいます。適切な診断と治療がなされなければ、慢性化し、QOL(生活の質)を著しく低下させる可能性があります。したがって、自己判断せず、整形外科医や専門医による評価を受けることが重要です。

なお、本稿で述べた情報は最新の医学的知見に基づいていますが、すべての症例に当てはまるわけではないため、症状が持続する場合は早期に医療機関を受診することが推奨されます。


参考文献:

  • Maigne JY, Doursounian L. “Coccygodynia treated by intrarectal manipulation of the coccyx.” Spine. 1994.

  • Postacchini F, Massobrio M. “Idiopathic coccygodynia. Analysis of fifty-one operative cases and a radiographic study of the normal coccyx.” J Bone Joint Surg Am. 1983.

  • Wray CC, Easom S, Hoskinson J. “Coccygodynia. Aetiology and treatment.” J Bone Joint Surg Br. 1991.

  • 日本整形外科学会「尾骨部痛に関するQ&A」


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