帝王切開(いわゆる「Cセクション」)は、経膣分娩が母体または胎児にとって安全ではないと判断された場合に行われる外科的な出産方法である。医療技術の進歩により、その安全性は向上しているが、依然として重大な手術であることに変わりはなく、実施にあたっては明確な医学的判断が必要である。本稿では、帝王切開が選択される医学的・非医学的な理由について、科学的かつ網羅的に論じる。この記事は、特に日本の読者を想定し、母子の健康に対する理解を深めることを目的としている。
帝王切開とは何か
帝王切開は、下腹部を切開して子宮を開き、直接胎児を取り出す手術である。通常は腰椎麻酔(脊椎麻酔)下で行われ、意識は保たれたまま実施される。緊急を要するケースでは、全身麻酔が選ばれることもある。

医学的な理由
帝王切開の実施には、多岐にわたる医学的根拠が存在する。それらは大きく「母体側の要因」と「胎児側の要因」に分けられる。
1. 分娩進行異常(遷延分娩)
遷延分娩とは、子宮口が開かない、あるいは開いても胎児が産道を通過できない状態を指す。以下のような状況が該当する:
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子宮収縮が弱い(無効陣痛)
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骨盤の狭小(相対的または絶対的)
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胎児の回旋異常(後頭位、顔位など)
このような場合、経膣分娩を続けることは母子ともにリスクが高いため、帝王切開が選択される。
2. 胎児の心拍異常
胎児心拍モニタリングにより、胎児機能不全(fetal distress)が疑われる場合には、迅速な出産が必要とされる。胎児が低酸素状態にあると判断された場合、帝王切開が最善の選択肢となる。
3. 前置胎盤
前置胎盤とは、胎盤が子宮口を覆っている状態を指す。この状態での経膣分娩は、大量出血のリスクが高く、母体と胎児の命に関わる可能性がある。そのため、原則として帝王切開が選択される。
4. 胎盤早期剥離
正常な位置にある胎盤が、出産前に子宮壁から剥がれてしまう状態。これにより胎児への酸素供給が断たれることがあり、迅速な帝王切開が母子の救命に不可欠となる。
5. 臍帯脱出
臍帯脱出とは、胎児より先に臍帯が膣外へ出てしまう状態である。臍帯が圧迫されることで胎児に十分な酸素が届かず、極めて危険な状況となる。迅速な帝王切開により胎児を救出する必要がある。
6. 多胎妊娠
双子や三つ子などの多胎妊娠では、胎位の異常や合併症の頻度が高いため、帝王切開が推奨されるケースが多い。特に第1児が骨盤位の場合、経膣分娩のリスクは大きい。
7. 胎児の位置異常(骨盤位など)
骨盤位とは、胎児が頭ではなく臀部や足を下にしている状態。骨盤位分娩は技術的に困難であり、特に初産婦では帝王切開が一般的に選ばれる。
8. 母体の既往歴(帝王切開歴、子宮手術歴など)
以前に帝王切開を受けた場合、子宮破裂のリスクがあるため、再度帝王切開が選択されることが多い。特に、古典的切開やT字切開などの場合は、経膣分娩(VBAC)は推奨されない。
9. 母体の疾患
心疾患、重度の高血圧、妊娠中毒症(重症子癇前症)、感染症(例:HIV、活動性ヘルペス)など、経膣分娩により母体に大きな負担がかかる疾患がある場合、帝王切開が安全とされる。
10. 胎児の異常
巨大児(マクロソミア)や胎児奇形(無脳症、腹壁破裂など)の場合、経膣分娩による損傷リスクが高まるため、帝王切開が推奨される。
非医学的要因
近年、非医学的な理由での帝王切開も増加傾向にある。これには患者の希望や医療制度の影響など、様々な社会的・心理的要因が含まれる。
1. 計画出産の希望
特定の日に出産したい、または家族の予定に合わせたいなど、ライフスタイル的理由から帝王切開を希望する妊婦も増えている。
2. 陣痛への不安や恐怖
「トコフォビア(出産恐怖症)」とも呼ばれる心理状態が原因で、陣痛を避けるために帝王切開を選ぶ場合もある。
3. 医療機関側の事情
分娩時間の短縮、医師の勤務体制、医療訴訟のリスク管理など、医療提供側の要因も帝王切開率を押し上げている要因とされている。
帝王切開のリスクと合併症
帝王切開は命を救う重要な手術であるが、合併症のリスクも存在する。
合併症 | 説明 |
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感染症 | 手術部位や子宮内への感染のリスク |
出血 | 通常より多くの出血を伴うことがある |
術後癒着 | 次回の妊娠や手術に影響する可能性あり |
呼吸障害 | 新生児に一過性多呼吸などが起きやすい |
次回妊娠への影響 | 前置胎盤や子宮破裂のリスクが高まる |
日本における帝王切開の現状
日本では帝王切開の割合は年々増加傾向にあり、2022年の厚生労働省統計によると、全出産の約21.5%が帝王切開であった。高齢出産の増加、多胎妊娠の増加、不妊治療の普及などがその背景にある。
科学的に見た帝王切開の適応判断
帝王切開の実施は、ガイドラインに基づく明確な適応判断が求められる。日本産婦人科医会や日本産科婦人科学会は以下のような基準を提示している:
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分娩の安全性に対する客観的リスク評価
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過去の産科的既往歴
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妊婦の希望とインフォームド・コンセントの尊重
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最新のエビデンスに基づいた判断
結論
帝王切開は、医学的に不可欠な場合において母子の命を救う手段として、極めて重要な役割を果たしている。だが、すべての帝王切開が望ましいわけではなく、その選択には慎重なリスク評価と情報共有が不可欠である。日本においても、母体・胎児に最善の選択を行うためには、妊産婦が十分な知識を持ち、医療者と協力して出産計画を立てることが重要である。
参考文献
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厚生労働省:令和4年(2022年)人口動態統計
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日本産科婦人科学会「帝王切開に関するガイドライン」
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日本産婦人科医会:分娩管理の指針
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WHO (World Health Organization). “WHO Statement on Caesarean Section Rates”, 2015.
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Betrán, A.P. et al. (2016). “The Increasing Trend in Caesarean Section Rates: Global, Regional and National Estimates”. PLOS ONE.
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宮内洋、他(2020)『産科診療ガイドライン2020』医学書院
帝王切開に関する正確な知識とその適応判断は、出産に臨むすべての女性にとって不可欠なものである。この知識が普及することで、母子ともに安全な出産が実現されることを願ってやまない。