一般情報

広報の起源と進化

公共と組織をつなぐ橋:広報の起源と進化の全貌

広報(Public Relations, PR)という概念は、現代社会において企業、政府、団体、そして個人の活動において不可欠な存在となっている。情報の洪水の中で信頼と関心を築き上げるこの手法は、単なる広告や宣伝とは異なり、長期的かつ戦略的なコミュニケーションの中核を成す。本稿では、広報の起源から現代に至るまでの歴史的・社会的展開を時代ごとに精密に分析し、その理論的基盤と技術的変化についても掘り下げる。さらに、表を用いて各時代における広報の特徴を整理し、社会におけるその役割の変化と未来の可能性についても展望する。


古代から中世までの萌芽的な広報活動

広報の概念そのものは近代に誕生したが、人類が社会を築き始めたときから、「大衆の心を動かす試み」は存在していた。例えば古代エジプトやローマ帝国では、王や皇帝が自らの権威や政策を民衆に周知させ、信頼を得るために、彫刻、碑文、演説などが使われていた。

特にローマ帝国では、「公的発表(Acta Diurna)」と呼ばれる公報が日常的に掲示され、現代の新聞の原型ともいえる情報公開の手段として活用されていた。これは統治者と市民の間に双方向の関係を築く初期の試みと見なすことができる。

中世ヨーロッパにおいては、教会が主要な情報発信源であり、布教活動や宗教的権威の確立のために広報的な手法が用いられた。説教、図像、聖人伝などは大衆の行動と信念を操作するメディアであった。


産業革命と近代広報の胎動

18世紀から19世紀にかけての産業革命は、広報の発展に決定的な契機をもたらした。大量生産と都市化に伴い、企業と消費者、政府と市民の間に新たな情報の需要が生まれた。印刷技術の発達により新聞や雑誌が普及し、組織が自らの活動を広く知らしめる手段として「広告」が台頭する。

しかし、広告と広報は異なる役割を持つ。広告が一方通行の販売促進であるのに対し、広報は信頼構築と双方向の関係性に焦点を当てる。19世紀末には、企業や政府の行動に対する批判が増え、これに対応する形で「世論操作」「信頼回復」のための戦略的広報が必要とされるようになった。


現代広報の誕生:アメリカの役割とエドワード・バーネイズの影響

広報という専門職が確立されたのは20世紀初頭のアメリカであった。特に1910年代〜1920年代、アメリカでは情報の管理と世論の誘導が政治・経済の場面で重視されるようになった。ここで登場したのが「広報の父」と称されるエドワード・バーネイズ(Edward Bernays)である。

彼はフロイトの心理学理論を応用し、大衆の無意識に働きかける戦略的コミュニケーションを提唱した。彼の著書『プロパガンダ』(1928)は、広報が単なる報告ではなく、社会心理学的な操作技術であることを明示し、企業活動、政治キャンペーン、戦争広報など多岐にわたる分野に応用された。

バーネイズの手法は、たとえば「喫煙=女性の自由」というイメージを構築し、タバコ業界の販促に寄与したことで有名である。このように、彼の活動は広報が「世論形成装置」として機能し得ることを示した。


第二次世界大戦と広報の制度化

第二次世界大戦期においては、プロパガンダが国家的レベルで体系化され、広報活動が戦争遂行において決定的な役割を果たした。アメリカでは戦時情報局(Office of War Information)が設立され、国民の戦意高揚や物資節約などに関する大規模な広報キャンペーンが展開された。

戦後、この経験は民間にも波及し、企業や公共団体における広報部門の設置が進んだ。また、大学では広報学が学問として確立され、専門教育と研究が進展した。こうして、広報は「経営の中核的要素」としての地位を獲得するに至る。


メディア環境の変化と広報の多様化(1960年代〜1990年代)

テレビ、ラジオ、新聞などマスメディアの発展に伴い、広報活動の方法論も進化した。1960年代のアメリカでは、公民権運動やベトナム戦争を背景に、政府広報への批判が高まり、「信頼性」「透明性」が広報の倫理的課題として浮上した。

この時期には、「危機管理広報」「企業の社会的責任(CSR)」「インターナル・コミュニケーション」など、新たな分野が出現する。組織内外の多様なステークホルダー(利害関係者)との関係構築が重視され、広報は単なる報道対応から「戦略的パートナー」へと位置づけを変えていく。

また、日本においても、高度経済成長期に企業広報が急速に進展した。大企業は新聞社や放送局との連携を強め、「企業イメージの向上」を目的とした広報戦略を展開した。


インターネット時代の到来と広報の再編成

1990年代後半からのインターネットの普及は、広報の構造に根本的な変革をもたらした。Webサイト、メール、SNSなど新しいメディアは、組織が直接消費者や市民と関係を築くことを可能にした。この時代における広報の特徴は「リアルタイム性」と「双方向性」であり、従来の一方向的な情報発信では対応できなくなった。

さらに、情報の拡散速度が劇的に高まる中で、危機対応(クライシス・コミュニケーション)の重要性が増した。企業や政治家の不祥事が瞬時に世界中に拡散されるリスクが高まり、透明性と誠実性がより求められるようになった。

以下の表に、各時代における広報の特徴をまとめる。

時代 主な媒体 特徴 代表的事例
古代〜中世 彫刻、碑文、説教 権威や宗教による統治正当化 ローマの「Acta Diurna」
産業革命期 印刷物、新聞 情報普及の拡大と初期的広告 新聞広告、政党宣伝
20世紀初頭 ラジオ、新聞 世論操作と信頼構築の戦略的広報 バーネイズのキャンペーン
戦時期 ポスター、映画、放送 国家規模のプロパガンダと制度的広報 OWI(戦時情報局)
戦後〜1990年代 テレビ、新聞、電話 多様化と倫理的課題、CSRの重視 企業広報部門の設置
2000年代以降 SNS、Web、モバイル 双方向性、リアルタイム対応、透明性 Twitterでの危機対応

現代における広報の課題と未来

現在、広報は「オウンドメディア」「インフルエンサー広報」「デジタルストーリーテリング」など、従来とは異なる手法を融合させる複雑な分野となっている。一方で、AIやビッグデータの登場により、情報のパーソナライズ化と予測的広報が可能となりつつある。

今後、広報は単なる情報の橋渡しではなく、「信頼を資本とする対話の設計者」として再定義されるだろう。信頼が損なわれると、いかなる戦略も成立しない。その意味で、広報の本質は「誠実な関係性構築」にあると結論づけることができる。


参考文献

  • Bernays, E. (1928). Propaganda. New York: Ig Publishing.

  • Cutlip, S. M., Center, A. H., & Broom, G. M. (2006). Effective Public Relations. Pearson Education.

  • 飯野たから(2014)『現代広報論』ミネルヴァ書房

  • 日本パブリックリレーションズ協会 (2020). 『PRハンドブック』日本PR協会出版部


広報は時代と共に変化しながら、常に社会と組織の接点を担ってきた。未来においても、その役割はさらに進化し、多様な形で人々の信頼と理解を結び続けるだろう。

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