心臓の鼓動が通常より速く感じられる状態、いわゆる「心悸亢進(しんきこうしん)」は、多くの人が一度は経験する現象である。これは医学的には「頻脈(ひんみゃく)」または「心拍数の上昇」として知られており、健康な人にも起こることがある一方、基礎疾患や重大な病気の兆候である可能性もある。本稿では、心悸亢進の定義、原因、病態生理、診断方法、治療法、予防策、臨床的意義について、現在の医学的知見に基づき包括的に解説する。
心悸亢進とは何か
心悸亢進は、心拍数の上昇とともに、心臓の鼓動が自覚される状態を指す。通常、安静時の心拍数は60〜100回/分とされるが、これを超える速さの心拍を頻脈と呼ぶ。心悸亢進は必ずしも病的なものではなく、運動、興奮、ストレス、カフェイン摂取などの生理的刺激によっても生じる。しかし、持続的または突発的な頻脈は、心疾患、不整脈、内分泌異常、代謝障害などの疾患の一症状である場合があり、注意が必要である。
心悸亢進の主な原因
生理的要因
-
運動:身体活動による一時的な心拍数の増加。
-
精神的ストレス:緊張、不安、驚きなどによる交感神経の活性化。
-
カフェインやアルコールの摂取:中枢神経刺激作用。
-
発熱:体温上昇に伴う代謝亢進により心拍数が増加。
-
妊娠:循環血液量の増加とホルモン変化による。
病的要因
-
不整脈:心房細動、心室頻拍、発作性上室性頻拍など。
-
甲状腺機能亢進症:甲状腺ホルモンの過剰による代謝促進。
-
心不全:心機能の低下による代償性頻脈。
-
貧血:酸素運搬能の低下により心拍数が上昇。
-
感染症や脱水:血圧低下や循環血流量の減少への反応。
-
薬剤性:β作動薬、抗うつ薬、気管支拡張薬などの副作用。
心悸亢進の病態生理
心拍数は自律神経系、特に交感神経と副交感神経のバランスによって調節される。交感神経が優位になると、ノルアドレナリンの作用により心拍数は増加し、逆に副交感神経(迷走神経)が優位になると心拍数は減少する。心悸亢進は、このバランスが交感神経優位に傾くことで生じる。
また、心電気的活動の異常、特に異所性ペースメーカーの活動亢進や再入路(リエントリー)によっても頻脈が引き起こされる。これが頻脈性不整脈のメカニズムである。
診断方法
心悸亢進の原因を突き止めるには、詳細な問診と身体診察が不可欠である。特に、心悸亢進の出現時期、持続時間、誘因、随伴症状(めまい、失神、胸痛、息切れなど)を把握することが診断に役立つ。
検査項目
| 検査名 | 概要 |
|---|---|
| 心電図(ECG) | 頻脈性不整脈の診断に有用。 |
| ホルター心電図 | 24時間以上の心電図モニタリングで発作性頻脈を捉える。 |
| 血液検査 | 甲状腺機能、電解質異常、貧血の有無を評価。 |
| 胸部X線 | 心拡大や肺うっ血の有無を確認。 |
| 心エコー | 心機能や構造異常の評価。 |
治療方法
治療は原因に応じて異なる。生理的な心悸亢進であれば、原因となる刺激を除去すれば改善することが多い。一方、病的原因がある場合は、根本的な疾患治療が必要となる。
薬物療法
-
β遮断薬:交感神経の作用を抑え、心拍数を低下させる。
-
カルシウム拮抗薬:心筋の興奮伝導を抑制。
-
抗不整脈薬:発作性頻拍や心房細動に用いられる。
-
抗甲状腺薬:甲状腺機能亢進症に対して。
非薬物療法
-
迷走神経刺激法:冷水を飲む、顔を冷やす、息こらえなどにより副交感神経を刺激。
-
カテーテルアブレーション:再発性の発作性頻拍に対して異常伝導路を焼灼。
-
ペースメーカー:徐脈性不整脈と頻脈の混在に使用されることがある。
心悸亢進と生活習慣
頻脈の再発を防ぐためには、生活習慣の見直しが重要である。以下のような対策が推奨されている。
-
カフェインやアルコールの摂取制限。
-
睡眠の質を高め、規則正しい生活を送る。
-
ストレス管理(瞑想、呼吸法、カウンセリングなど)。
-
禁煙。
-
塩分過多や脱水を避ける。
合併症とリスク
心悸亢進を放置すると、以下のような合併症を引き起こす可能性がある。
-
心不全:心拍数の上昇による心筋の疲弊。
-
脳梗塞:心房細動に伴う血栓形成による。
-
失神や転倒:急激な血圧変動による意識消失。
-
突然死:致死性心室性不整脈により。
高リスク群の管理
高齢者、心疾患の既往がある者、糖尿病患者、慢性腎臓病患者などは、心悸亢進による合併症のリスクが高いため、特に慎重な経過観察と早期の治療介入が求められる。
最近の研究動向と展望
心拍数の異常は、単なる不快な症状ではなく、全身性の疾患と密接に関連することが近年の研究で明らかになってきている。特に、心拍変動性(HRV)と自律神経機能の解析を通じた疾患予測や、ウェアラブルデバイスを用いた長期モニタリングの有効性が注目されている。
また、AIを活用した心電図解析によって、従来検出が困難であった一過性の頻脈や心房細動の早期診断が可能になりつつある。これにより、心悸亢進を契機とした重篤な疾患の予防が期待されている。
結論
心悸亢進は、日常生活に支障をきたすことのある症状でありながら、基礎疾患のサインである可能性もある。正確な診断と適切な治療が求められ、患者ごとの背景を考慮した個別化医療が重要である。特に、高齢社会における心疾患の予防と早期発見の観点からも、心悸亢進に対する医学的関心は今後さらに高まると考えられる。
参考文献
-
日本循環器学会. 「不整脈診療ガイドライン」2020年版.
-
Kusumoto, F.M., et al. “2019 ACC/AHA guideline on the evaluation and management of patients with bradycardia and cardiac conduction delay.” Journal of the American College of Cardiology, 2019.
-
日本内科学会雑誌. 「頻脈性不整脈の最新治療」2021年特集号.
-
医中誌Web、PubMedデータベース(検索日:2025年4月)
このトピックに関するさらなる更新があれば、次回のレビューで追記を行う。
