急性呼吸困難症候群(Acute Respiratory Distress Syndrome、ARDS)は、急激に発症する呼吸不全の一形態であり、重篤な呼吸器疾患です。この疾患は、肺の炎症反応と損傷によって引き起こされ、酸素の取り込みが著しく障害されることから、治療が遅れると生命に関わる場合があります。本記事では、急性呼吸困難症候群の病態、原因、診断方法、治療法、および予後について包括的に説明します。
急性呼吸困難症候群(ARDS)の病態
ARDSは、急激に呼吸が困難になり、酸素の供給が不足する状態を指します。通常、この状態は肺の損傷に起因し、肺胞の膜が損傷を受けることで、酸素と二酸化炭素の交換が適切に行えなくなります。ARDSの特徴的な病理学的所見としては、肺胞の浮腫、肺胞壁の肥厚、細胞間の間隙における液体の貯留、および広範囲にわたる肺の炎症反応があります。

この疾患は、最初は軽度の呼吸困難として始まり、急速に悪化していくことが一般的です。炎症反応によって肺胞が損傷され、酸素交換の効率が低下するため、体内の酸素供給が不足し、急激な低酸素血症(酸素不足)が生じます。この状態が続くと、全身の臓器に対する酸素供給不足が引き起こされ、臓器不全に繋がることがあります。
急性呼吸困難症候群の原因
ARDSの原因は多岐にわたり、主に肺の炎症を引き起こすさまざまな因子によって引き起こされます。代表的な原因には以下のものがあります。
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感染症
感染症が最も一般的な原因の一つです。特に、肺炎や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるARDSが近年多く見られます。感染症による炎症反応は肺を直接攻撃し、ARDSを引き起こすことがあります。 -
外傷
事故や手術などでの物理的な外傷もARDSの原因となり得ます。例えば、胸部外傷や頭部外傷によって肺が損傷し、炎症反応が引き起こされることがあります。 -
吸引物質
有害な化学物質や煙、胃内容物の吸引などもARDSを引き起こす可能性があります。これらの物質が肺に侵入すると、急激な炎症反応を引き起こすことがあります。 -
血液の疾患
肺に血栓が詰まる肺塞栓症や、重篤な敗血症(血液感染症)などもARDSを引き起こすことがあります。これらの疾患は、炎症反応とともに酸素供給を著しく低下させます。 -
薬物の副作用
一部の薬剤、特に抗生物質や化学療法薬が引き起こす肺の損傷がARDSの原因となることがあります。これらの薬剤が肺に対して毒性を示し、急性の炎症を引き起こす場合があります。
急性呼吸困難症候群の診断
ARDSの診断は、臨床症状、画像検査、血液検査、および患者の病歴に基づいて行われます。主な診断方法には以下のものがあります。
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臨床症状の確認
ARDSの症状は、急性の呼吸困難、咳、喘鳴、胸痛などです。患者は急速に呼吸数が増加し、低酸素症(酸素不足)の症状を呈します。 -
胸部X線またはCTスキャン
胸部X線やCTスキャンを用いて、肺に広範囲にわたる浸潤影(肺の炎症反応を示す画像所見)が認められることがあります。ARDSの特徴的な所見として、両側性の浸潤が見られることが多いです。 -
血液ガス分析
血液ガス分析を通じて、酸素分圧の低下(低酸素血症)を確認します。ARDSでは、酸素分圧が非常に低くなることがあり、この分析によって診断が補強されます。 -
心臓疾患の除外
ARDSの診断を確定するためには、心不全などの他の原因による呼吸困難を除外する必要があります。心エコー検査や中心静脈圧の測定を行い、心臓由来の呼吸不全を否定します。
急性呼吸困難症候群の治療
ARDSの治療には、呼吸不全を改善するための支持療法と、根本的な原因に対する治療が含まれます。治療法は患者の状態に応じて個別に決定されますが、以下の治療が一般的です。
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酸素療法
低酸素血症を改善するために、酸素療法が行われます。酸素投与量は、患者の血中酸素濃度を適切に保つために調整されます。重症の場合は、人工呼吸器(機械換気)を使用することがあります。 -
機械的換気
酸素療法だけでは改善しない場合、人工呼吸器を使用して呼吸を補助します。人工呼吸器による換気が必要な場合、低潮気量換気(低容量換気)を用いることが推奨されることが多いです。過剰な換気は肺損傷を悪化させるため、慎重な管理が求められます。 -
薬物治療
ARDSに伴う炎症反応を抑えるため、ステロイド剤や抗炎症薬を使用することがあります。また、感染症が原因の場合は、適切な抗生物質の投与が必要です。 -
体位管理
ARDS患者においては、体位を変えることが重要です。特に、背臥位(仰向け)で呼吸困難が悪化することがあるため、体位を変えることが効果的な場合があります。 -
体外式膜型人工肺(ECMO)
非常に重症の場合、体外式膜型人工肺(ECMO)という特殊な治療法を用いることがあります。この治療法では、患者の血液を体外に取り出し、酸素を供給し、二酸化炭素を除去することによって、肺の機能を補助します。
急性呼吸困難症候群の予後
ARDSの予後は、疾患の原因や治療の早期介入、患者の全身状態によって異なります。早期に治療を開始し、適切な治療を行うことで予後が改善することがあります。しかし、ARDSが重症化すると、死亡率が高くなることがあります。特に、肺損傷が広範囲である場合や、他の臓器に影響を与える場合は、予後が悪化する可能性が高いです。
また、ARDSから回復した患者でも、肺の機能が完全には回復しないことがあり、長期間にわたって呼吸機能が低下することがあります。このため、回復後もリハビリテーションが必要なことがあります。
結論
急性呼吸困難症候群(ARDS)は、急激に発症する重篤な呼吸器疾患であり、生命に関わる場合があります。その原因は多岐にわたり、感染症や外傷、薬物などが引き起こすことがあります。診断は迅速に行う必要があり、酸素療法や人工呼吸器、薬物治療などが行われます。予後は治療の早期介入と患者の状態に大きく依存し、回復後も呼吸機能の低下が残ることがあるため、継続的なフォローアップが重要です。