成人における扁桃腺摘出術:適応、手術方法、リスク、回復までの完全ガイド
扁桃腺(へんとうせん)は、口の奥の両側に位置するリンパ組織であり、免疫機能の一端を担う重要な器官である。幼少期においては、外部からの病原体を捕捉し、身体の防御機能を強化する役割を果たすが、成長と共にその機能は徐々に低下し、成人においては扁桃腺自体が問題の原因となることもある。

このような背景のもと、成人における扁桃腺摘出術(扁桃摘出術)は、慢性扁桃炎や反復性の咽頭感染症、睡眠時無呼吸症候群、扁桃腺結石(膿栓)などの治療手段として検討されることがある。本稿では、成人の扁桃腺摘出術について、適応、術式、合併症、術後管理、そして予後に至るまで、科学的かつ包括的に論じる。
扁桃腺摘出の適応
成人に対する扁桃腺摘出は、以下のような医学的根拠に基づいて実施される。
適応症 | 説明 |
---|---|
慢性扁桃炎 | 年に3回以上の扁桃炎エピソードがあり、抗生物質でも十分にコントロールできない場合 |
扁桃周囲膿瘍 | 扁桃の周囲に膿が溜まる感染症。再発性の場合は予防目的で摘出が勧められる |
睡眠時無呼吸症候群 | 扁桃肥大が上気道閉塞の一因となり、重度の無呼吸・低呼吸を引き起こす場合 |
口臭や嚥下障害 | 扁桃結石や慢性炎症により日常生活に支障をきたす場合 |
悪性腫瘍の疑い | 一側性肥大、潰瘍、出血などがみられ、悪性腫瘍との鑑別が必要な場合 |
これらの条件に当てはまる場合、耳鼻咽喉科医は詳細な診察と画像検査を経て、手術の是非を判断する。
手術方法と麻酔
成人における扁桃腺摘出術は、通常全身麻酔下で行われる。局所麻酔も理論上は可能だが、術中の出血管理や疼痛の制御、患者の不安などを考慮すると、全身麻酔の方が安全で快適であるとされている。
代表的な術式は以下のとおりである:
-
伝統的摘出法(cold steel technique)
メスや剪刀を用いて扁桃腺を切除する最も古典的な方法。止血は電気凝固により行う。視野が広く、確実な摘出が可能。 -
電気メス法(electrocautery)
高周波の電流を利用して切開と同時に止血を行う。術中出血が少ない利点があるが、術後の疼痛がやや強くなる傾向がある。 -
ラジオ波手術(coblation)
比較的新しい術式で、低温のラジオ波により組織を蒸散させる。術後疼痛が軽減されるという報告がある。 -
レーザー手術
特定のレーザー光を使用して扁桃組織を焼灼する。止血効果に優れ、正確な操作が可能であるが、設備や費用の点で制限がある。
術式の選択は、施設の設備、医師の経験、患者の状態に基づいて決定される。
合併症とリスク
成人における扁桃腺摘出術は比較的安全な手術であるが、以下のような合併症が報告されている。
合併症 | 発生率 | 説明 |
---|---|---|
出血 | 2~5% | 術直後または1週間前後に発生する可能性があり、再手術が必要なこともある |
感染 | 1~2% | 創部に細菌感染が起こることがあるが、抗生物質で治療可能 |
術後疼痛 | 高頻度 | 成人では小児より強く、嚥下困難を引き起こすこともある |
味覚異常 | 稀 | 舌咽神経への影響により一時的または持続的な味覚障害をきたす |
咽頭瘢痕 | 稀 | 強い瘢痕化によって咽頭狭窄が起こることがあるが極めてまれ |
とくに出血に関しては、術後1週間前後にかさぶた(偽膜)が剥がれることによる二次出血が懸念される。成人では血圧や体格の影響もあり、出血リスクは小児より高い。
術後の管理と回復プロセス
成人では術後の疼痛が顕著であるため、術後ケアの重要性が高い。以下のポイントが推奨される。
-
水分摂取の励行:脱水は疼痛を悪化させ、回復を遅らせる。冷たい水や氷菓が痛みの緩和にも有効。
-
栄養管理:術後数日は液体食や軟らかい食事に限定される。辛い物、酸性の強い物は避ける。
-
鎮痛薬の使用:アセトアミノフェンや非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)を計画的に投与。
-
声の使用制限:術後数日は無理に話さず、喉の安静を保つ。
-
感染予防:処方された抗生物質を規定通りに服用し、口腔衛生にも留意。
完全な回復には通常2週間前後を要し、仕事復帰や社会復帰の目安もこの期間を基準とすることが多い。
成人における扁桃腺摘出の意義
近年の研究では、慢性扁桃炎や扁桃由来の無呼吸症候群によるQOL(生活の質)の低下が、手術により大きく改善されることが示されている。また、反復性の感染症によって頻繁に抗生物質を使用することは耐性菌の出現や腸内環境の悪化につながるため、手術的治療による根治的な対応は有効な選択肢となりうる。
さらに、扁桃周囲膿瘍や扁桃結石に対する予防的措置としても摘出術は有用である。特に成人では、仕事や家庭生活への支障が大きいため、医学的判断に基づいた積極的な介入が求められる。
結論
成人における扁桃腺摘出術は、特定の適応条件を満たす場合において、患者の生活の質を大幅に向上させる可能性のある外科的治療法である。手術自体は一般的に安全だが、術後の疼痛や出血などのリスクも存在するため、術前の評価と術後の適切な管理が不可欠である。医療機関との密な連携のもと、慎重に手術の必要性を検討し、十分な説明と納得のもとで治療方針を決定することが重要である。
参考文献
-
Windfuhr JP, Toepfner N, Steffen G, Waldfahrer F, Berner R. Clinical Practice Guideline: Tonsillitis I. Diagnostics and nonsurgical management. Eur Arch Otorhinolaryngol. 2016.
-
American Academy of Otolaryngology–Head and Neck Surgery. Tonsillectomy in Adults: Evidence-Based Clinical Guidelines. Otolaryngol Head Neck Surg. 2019.
-
日本耳鼻咽喉科学会「成人扁桃摘出に関するガイドライン」2022年版
この内容は日本の成人患者に向けて、科学的・臨床的根拠に基づいて執筆されています。病状に心当たりのある方は、自己判断せず、必ず専門医の診察を受けてください。