手の震え、すなわち「手の振戦」は、多くの人にとって一過性の些細な現象に思えるかもしれないが、場合によっては深刻な医学的背景がある可能性もある。この記事では、手の震えの原因を包括的かつ科学的に分類・解説し、医療的視点と生活習慣の観点から詳細に掘り下げる。あわせて、発症のメカニズム、鑑別診断、治療法、生活上の対策にも触れ、信頼性の高い医療文献に基づいた内容を提供する。
生理的振戦:正常な身体反応としての震え
最も一般的な手の震えは、「生理的振戦(せいりてきしんせん)」と呼ばれる自然な反応である。これは誰にでも起こり得るもので、通常は一時的かつ軽度であり、以下のような状況で見られることが多い。

-
疲労や睡眠不足
身体が過度な疲労状態にあると、神経と筋肉の連携が乱れ、小さな震えが起こる。 -
空腹や低血糖
血糖値が急激に下がることで、交感神経が活性化され、アドレナリンの分泌が促される結果、手が震える。 -
カフェインの摂取
コーヒー、エナジードリンクなどに含まれるカフェインは中枢神経系を刺激し、一時的に手が震えることがある。 -
ストレスや不安、緊張
精神的なストレスによって自律神経が過剰に活性化され、手指に細かな震えが現れることがある。
このような震えは、基本的に病的ではなく、一時的なものであることが多い。原因が除去されれば自然に消失する。
本態性振戦:最も多い病的原因
**本態性振戦(ほんたいせいしんせん)**は、加齢に伴って徐々に現れることが多く、手を使おうとするときに最も目立つ。40代以降で発症することが多く、家族性(遺伝的要因)を伴う場合が多い。
-
特徴的な症状
-
手を動かすと震える(動作時振戦)
-
字を書く、コップを持つなどの細かな動作が困難になる
-
アルコールを摂取すると一時的に症状が軽減することがある
-
-
診断と治療
本態性振戦の診断は、他の原因を除外したうえで臨床的に下されることが多い。治療にはβ遮断薬(例:プロプラノロール)や抗てんかん薬(例:プリミドン)が用いられることがある。
パーキンソン病:神経変性疾患に伴う震え
パーキンソン病は、脳の黒質という部位でドーパミン神経が減少することで起こる神経変性疾患であり、手の震えはその代表的な初期症状の一つである。
-
特徴的な症状
-
静止時振戦(何もしていないときに震える)
-
片手のみの震えから始まり、徐々に全身へと広がる
-
動作緩慢、筋肉のこわばり、歩行障害も併発することが多い
-
-
診断と治療
MRIやDATスキャンなどの画像診断により、ドーパミン神経の異常を確認する。治療はドーパミン補充療法(レボドパ)が中心となる。
薬剤性振戦:薬の副作用による震え
さまざまな薬剤が手の震えを引き起こすことが知られている。特に以下の薬物が関与しやすい。
-
気管支拡張薬(β2刺激薬)
喘息治療薬の一部は交感神経を刺激し、震えを起こす。 -
抗うつ薬・抗精神病薬
セロトニンやドーパミンに作用する薬剤は、中枢神経系に影響を与え、震えを引き起こすことがある。 -
抗てんかん薬、抗不整脈薬
中枢神経への作用や代謝経路の影響で副作用として震えが現れる。
このような場合、薬の調整や変更により改善が見込まれる。
甲状腺機能亢進症:内分泌疾患としての震え
甲状腺ホルモンが過剰に分泌されると、新陳代謝が亢進し、自律神経が活性化される。これにより細かな震えが生じることがある。
-
代表的疾患:バセドウ病
-
発汗過多
-
動悸、体重減少
-
精神不安定
-
細かい指の震え(特に両手)
-
-
診断と治療
血液検査によりTSH、FT3、FT4などのホルモン値を測定。治療は抗甲状腺薬、放射性ヨウ素治療、外科的切除など。
アルコール関連振戦
慢性的なアルコール摂取により、肝機能障害や中枢神経系の障害が進行すると、手の震えが現れる。特に、アルコール依存症の離脱症状としての震えは顕著である。
-
アルコール離脱症候群
-
禁酒後6〜48時間以内に発症
-
激しい震え、発汗、不安感
-
重症化すると幻覚やけいれんを伴う(せん妄)
-
-
慢性アルコール中毒による小脳変性
-
姿勢の保持が困難になる
-
粗大な震えが持続する
-
神経疾患やその他の疾患による震え
手の震えは、他にも以下のような神経系や全身性疾患によっても引き起こされる。
疾患名 | 主な症状の特徴 |
---|---|
多発性硬化症 | 若年成人に多く、震えは不規則で断続的 |
小脳疾患(腫瘍、萎縮など) | 意図的な動作時の震え(目標に近づくほど強くなる) |
末梢神経障害 | 糖尿病やビタミンB12欠乏によることが多く、手足のしびれや震えが伴う |
肝性脳症 | 肝疾患によりアンモニアが上昇し、羽ばたき振戦を呈する |
ウィルソン病(銅代謝異常) | 若年者において震えの他、肝機能障害や精神症状を伴う |
心因性振戦:精神的背景による震え
精神的・心理的な要因が引き起こす震えも存在する。心因性振戦は、他の疾患と異なり、症状に一貫性がないことが特徴である。
-
典型的特徴
-
発症が突然である
-
集中すると震えが止まる
-
医師の注目を受けると震えが強くなる
-
-
併存疾患
-
不安障害
-
身体表現性障害
-
心的外傷後ストレス障害(PTSD)
-
年齢と手の震えの関係
加齢によって神経系の調整力が低下し、わずかながら震えが出やすくなる傾向がある。これは老年性振戦と呼ばれるもので、特に75歳以上の高齢者に多い。
-
症状
-
手先の動作が不器用になる
-
コップや箸の使用に支障が出る
-
休息時よりも動作時に強まる傾向
-
まとめと医療機関への受診の目安
手の震えには非常に多くの原因があるが、大別すると以下のようなポイントがある:
-
一過性・軽度:生理的、ストレス、カフェイン、疲労など
-
慢性的・進行性:神経疾患、本態性振戦、甲状腺異常、薬剤性など
-
医師の診断が必要:症状が継続、悪化、日常生活に支障がある場合
以下のような場合は、速やかに医療機関を受診すべきである:
-
震えとともに筋力低下や感覚障害がある
-
震えが日常生活を著しく妨げる
-
他の神経症状(ろれつが回らない、歩行困難など)を伴う
-
発熱、意識混濁、黄疸などの全身症状がある
参考文献
-
Deuschl G, Bain P, Brin M. Consensus statement of the Movement Disorder Society on Tremor. Mov Disord. 1998;13(S3):2-23.
-
Elble RJ. Tremor: clinical features, pathophysiology, and treatment. Neurol Clin. 2009;27(3):679-695.
-
National Institute of Neurological Disorders and Stroke. https://www.ninds.nih.gov/
-
日本神経学会「神経疾患診療ガイドライン」第3版
日本の読者の皆様には、手の震えが単なる老化やストレスのせいで片付けられるのではなく、適切な理解とケアが必要な身体からのサインであることをぜひご理解いただきたい。適切な情報と知識をもとに、日々の健康を守るための行動を促進することが本稿の目的である。