敗血症(敗血性ショックを含む):血液中の微生物感染症に関する完全かつ包括的な科学記事
敗血症、あるいは一般に「血液中の感染症」や「血液の微生物感染」として知られる病態は、医学的に極めて深刻かつ致死率の高い全身性感染症である。これは、通常無菌であるべき血液中に細菌、真菌、ウイルス、または寄生虫といった病原体が侵入し、免疫系が過剰反応することで引き起こされる炎症性カスケードを特徴とする。特に、原因微生物が血流中に存在し、全身に影響を及ぼす状態を「菌血症」と呼び、これが重篤化したものが「敗血症(sepsis)」、さらに血圧低下や多臓器不全を伴う状態を「敗血性ショック(septic shock)」と呼ぶ。

本稿では、敗血症の定義、病態生理、原因微生物、症状、診断方法、治療法、予後、統計データ、予防法、および最新の研究動向について、詳細かつ科学的に検証する。
1. 定義と分類
**敗血症(Sepsis)**は、感染に対する宿主の制御不能な免疫反応により、生命を脅かす臓器障害が引き起こされる状態である。2016年に改定されたSepsis-3の定義では、「臓器障害を伴う生命を脅かす感染症」とされており、単なる菌血症とは異なる重症感染症である。
分類:
種類 | 説明 |
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菌血症(Bacteremia) | 血液中に細菌が一時的または持続的に存在する状態。 |
敗血症(Sepsis) | 感染に起因する全身性の炎症反応と臓器障害。 |
重症敗血症(Severe Sepsis) | 複数臓器に機能障害がみられる敗血症(Sepsis-3では廃止された旧定義)。 |
敗血性ショック(Septic Shock) | 血圧低下および乳酸上昇を伴う生命を脅かす状態で、昇圧剤を必要とする。 |
2. 原因微生物
敗血症の原因となる微生物は多岐にわたり、以下に主なものを示す。
微生物の分類 | 主な例 |
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細菌 | 大腸菌(Escherichia coli), 黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus), *肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)*など |
真菌 | カンジダ属(Candida spp.) |
ウイルス | インフルエンザウイルス, SARS-CoV-2 |
寄生虫 | マラリア原虫(Plasmodium spp.) |
細菌性敗血症が最も一般的であり、特にグラム陰性桿菌やグラム陽性球菌が多い。近年では、多剤耐性菌による院内感染が増加しており、感染制御の観点から大きな課題となっている。
3. 病態生理
敗血症は、免疫系が病原体を排除しようとする過程で、サイトカインストーム(炎症性サイトカインの異常放出)が発生し、結果として全身性炎症反応症候群(SIRS)が引き起こされる。
主要なメカニズムは以下の通り:
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内毒素(LPS)や外毒素の放出
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免疫細胞(好中球、マクロファージなど)の活性化
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プロ炎症性サイトカイン(IL-1、TNF-α、IL-6など)の過剰分泌
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血管透過性の亢進および血管拡張による低血圧
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凝固異常(播種性血管内凝固症候群:DIC)の併発
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多臓器不全:腎臓、肺、肝臓、脳などへの虚血と障害
これらの複合的要因により、患者は急激に状態が悪化し、早急な治療が求められる。
4. 臨床症状
敗血症の初期症状は非特異的であるが、以下のような特徴がみられる。
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高熱または低体温
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頻脈(100回/分以上)
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呼吸数増加(22回/分以上)
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血圧低下(収縮期血圧 < 100 mmHg)
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意識障害(GCSの低下)
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尿量の減少(腎機能低下の兆候)
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皮膚の冷感や紫斑(ショック徴候)
これらの症状が重複する場合には、**qSOFAスコア(簡易敗血症スコア)**を用いて早期スクリーニングが推奨されている。
5. 診断と検査
敗血症の診断には、以下の検査が必要となる。
検査項目 | 内容 |
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血液培養 | 最も重要。2セット以上の採取が推奨される。 |
白血球数、CRP、プロカルシトニン | 炎症マーカーとして利用。 |
血液ガス分析 | 乳酸値の上昇は予後不良の指標となる。 |
凝固系マーカー | Dダイマー、PT、APTTの異常からDICの併発を推定。 |
画像診断(CT、エコー) | 感染巣の特定(肺炎、腹腔内感染、尿路感染など) |
6. 治療
敗血症治療の基本は、「感染源の除去」「抗菌薬投与」「循環動態の安定化」の三本柱である。
a) 抗菌薬の早期投与
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原因菌が確定する前に、経験的に広域抗菌薬を静脈投与(1時間以内が目標)
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培養結果を踏まえて、感受性のある抗菌薬へデエスカレーション
b) 循環動態の安定化
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**大量輸液(30 mL/kg)**による血圧維持
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**昇圧薬(ノルアドレナリン)**の使用
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中心静脈カテーテルによるモニタリング
c) 感染源コントロール
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膿瘍や壊死組織の外科的切除
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ドレナージ処置(腹腔内、胸腔内など)
7. 予後と死亡率
敗血症は早期に治療されれば生存率は向上するが、ショックや多臓器不全を伴う場合には死亡率が急増する。
状態 | 死亡率(目安) |
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菌血症のみ | 5〜15% |
敗血症 | 15〜30% |
敗血性ショック | 40〜60%(重症例では70%以上) |
特に高齢者、免疫抑制患者、慢性疾患を有する患者では予後が悪くなる傾向がある。
8. 統計と疫学
世界保健機関(WHO)の報告によると、世界で年間4,900万人以上が敗血症を発症し、そのうち約1,100万人が死亡しているとされる(2017年データ)。これは、全世界の死亡原因の約20%に相当する。
日本国内においても、高齢化の進行に伴い敗血症の発生件数は年々増加している。国立国際医療研究センターのデータによると、年間約10万人以上が敗血症と診断され、そのうち30%以上が死亡している。
9. 予防法
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ワクチン接種(肺炎球菌、インフルエンザ、COVID-19)
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手指衛生の徹底(病院内感染対策)
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カテーテル・尿管管理の厳密化
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慢性疾患管理(糖尿病、慢性腎疾患など)
また、早期の医療受診と医療機関での迅速な対応体制の整備が、生存率向上の鍵を握る。
10. 最新研究と展望
近年、敗血症における免疫調節療法、AIによる早期診断支援、バイオマーカー(HMGB1、Angiopoietin-2など)によるリスク層別化の研究が活発に行われている。さらに、マイクロバイオームの乱れと敗血症リスクの関連性も注目されており、プレバイオティクスやプロバイオティクスを用いた新しい予防戦略が模索されている。
参考文献
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Singer M, et al. (2016). “The Third International Consensus Definitions for Sepsis and Septic Shock (Sepsis-3)”. JAMA.
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日本集中治療医学会. 敗血症診療