文学研究における「研究」とは、文学作品や文学現象を体系的かつ批判的に分析し、そこから知的洞察を得る学問的営為を指す。この営為は、文学の歴史的背景、形式的構造、意味論的層、社会的文脈、そして読者との相互作用など、多様な要素を対象とする。そのため、文学研究には実に多様なアプローチが存在し、それぞれが独自の視点から文学を照射している。本稿では、文学研究における代表的な研究の種類について、理論的基盤と方法論、分析対象の違いを軸にして詳細かつ包括的に検討する。
歴史的研究(ヒストリカル・リサーチ)
歴史的研究は、文学作品をその成立した歴史的背景や時代状況と照らし合わせながら分析する方法である。このアプローチでは、作品が生み出された社会、政治、文化、経済的背景が重要な意味を持つ。たとえば、19世紀イギリス文学を研究する場合、産業革命やヴィクトリア朝の社会制度を考慮することで、作品の主題や登場人物の行動をより深く理解できる。
この方法では、文学テキストそのものだけでなく、作家の書簡や日記、同時代の新聞、批評なども分析対象となる。目的は、文学がどのようにして時代の産物でありながら、その時代を超えて意味を持ちうるのかを明らかにすることにある。
形式主義的研究(フォーマリズム)
形式主義は、作品の内部構造、すなわち言語、構文、比喩、象徴、リズム、構成などの形式的要素に注目する。ロシア形式主義やニュー・クリティシズムに代表されるこの手法は、「作品そのもの」を純粋に分析対象とし、作者の意図や読者の反応、歴史的文脈を排除して、テキストの自律性を重視する。
この研究は、詩の韻律や物語の語りの構造、修辞技法の分析に適しており、文学の「美的な精緻さ」や「芸術性」を浮かび上がらせるのに有効である。
マルクス主義的研究
マルクス主義文学研究は、文学作品を社会的、経済的構造の反映として読み解く手法である。ここでは、階級闘争、搾取、イデオロギーといった概念が中心となり、文学がどのようにして資本主義体制を再生産し、あるいは批判するのかが問われる。
たとえば、チャールズ・ディケンズの作品における労働者階級の描写を分析することによって、当時の経済的不平等がどのように文学に反映されていたかを考察する。文学は単なる娯楽ではなく、イデオロギーを形成しうる社会的装置と見なされる。
フェミニズム批評
フェミニズム批評は、ジェンダーという視点から文学作品を再読し、女性の表象、女性作家の地位、ジェンダー構造の再生産などに着目する。この研究は、パトリアルキー(父権制)の構造に対する批判的姿勢を持ち、しばしばカノン(正典)の再構築を試みる。
例えば、ヴィルジニア・ウルフの『自分ひとりの部屋』は、女性作家が直面する社会的制約を描き、文学における「女性の声」の必要性を提起した。このように、フェミニズム批評は文学の場をジェンダーの観点から再定義する。
ポストコロニアル研究
ポストコロニアル研究は、植民地支配とその影響に焦点を当て、文学が帝国主義のイデオロギーをどのように表象・批判しているかを分析する。研究対象は、かつての植民地で書かれた文学作品や、植民地支配に関する記述を含む本国の文学に及ぶ。
エドワード・サイードの『オリエンタリズム』は、東洋の他者化の構造を明らかにした重要なテキストであり、多くのポストコロニアル研究に影響を与えている。植民地支配後のアイデンティティの再構築や文化的混淆(ハイブリディティ)の問題も重要なテーマである。
精神分析的研究
フロイトやラカンの理論に基づく精神分析的文学研究では、文学テキストを無意識の欲望、抑圧、夢想などの表現として読み解く。登場人物の行動や物語の構造が、心理的な葛藤やトラウマといった観点から分析される。
たとえば、シェイクスピアの『ハムレット』において主人公の「ためらい」は、エディプス・コンプレックスに由来すると解釈されることがある。このアプローチは、象徴や夢のような言語表現を重視し、文学における深層心理を探求する。
構造主義・ポスト構造主義的研究
構造主義は、言語や文化が構造的なルールによって構成されているという仮定に基づき、テキストを「言語の体系」の中で理解しようとする。一方、ポスト構造主義は、そのような体系が不安定であることを指摘し、意味の流動性や多義性を強調する。
ロラン・バルトやジャック・デリダの理論は、テキストを「解体」し、権威的な意味や中心を崩すアプローチを提示した。これにより、文学は単なる「意味の容器」ではなく、読者との相互作用によって生成されるプロセスとみなされる。
読者反応批評(リーダー・レスポンス)
このアプローチは、テキストそのものではなく、読者の読み方に注目する。つまり、文学作品の意味は読者によって生成され、固定的な意味を持たないという立場を取る。スタンリー・フィッシュやヴォルフガング・イーザーらの理論が代表的である。
たとえば、同じ作品でも、ある読者は倫理的教訓を読み取り、別の読者は詩的な美を享受するかもしれない。このような違いは、読者の文化的背景や経験に依存する。ゆえに、文学研究における読者の役割はますます重要になっている。
デジタル人文学(Digital Humanities)
近年急速に発展しているのが、デジタル技術を用いた文学研究である。テキストマイニング、自然言語処理、コーパス分析などを駆使して、大規模な文学テキストを統計的に解析する手法が取られている。これにより、従来の「手作業による読み」では困難だった視点が開かれている。
たとえば、19世紀小説における「感情表現」の頻度を分析し、時代ごとの傾向を可視化することが可能である。以下の表は、デジタル分析によって明らかになった語彙の使用頻度の変化を示している。
| 年代 | 「愛」出現回数 | 「死」出現回数 | 「自由」出現回数 |
|---|---|---|---|
| 1800年代前半 | 122回 | 89回 | 41回 |
| 1800年代後半 | 167回 | 74回 | 65回 |
| 1900年代前半 | 144回 | 113回 | 82回 |
このように、定量的アプローチは、文学作品が持つ集合的な傾向を明示することに貢献している。
比較文学
比較文学は、異なる言語・文化に属する文学作品を比較検討し、共通点と相違点、相互影響や翻訳の問題などを明らかにする学際的な研究分野である。ここでは、国境や時代を超えて文学がどのように交流し、影響を与え合っているかが焦点となる。
たとえば、日本の俳句とアメリカの短詩の比較、日本の戦後文学とフランスの実存主義文学の関係などが研究対象となる。比較文学は言語学、翻訳学、文化研究とも密接に関連しており、国際的な視野から文学を捉える。
結語
文学研究の種類は、時代の思想的潮流や技術革新とともに多様化し続けている。それぞれのアプローチは、文学という多層的で複雑な現象の一側面を照らし出し、相互補完的な関係を持っている。文学とは何か、どのように読むべきか、なぜ読むのか——こうした根源的な問いに対する答えは、どの研究アプローチを選ぶかによって異なる形で提示される。現代においては、複数の方法を横断的に用いる「インターディシプリナリー(学際的)」な研究姿勢が求められており、文学研究の地平は今後も広がり続けるであろう。
参考文献:
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Eagleton, Terry. Literary Theory: An Introduction. Blackwell Publishing, 1983.
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Said, Edward. Orientalism. Pantheon Books, 1978.
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Barthes, Roland. The Death of the Author. 1967.
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Showalter, Elaine. A Literature of Their Own. Princeton University Press, 1977.
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Moretti, Franco. Graphs, Maps, Trees: Abstract Models for Literary History. Verso, 2005.
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Foucault, Michel. What is an Author? 1969.
(※本稿は学術的内容を一般向けに編集したものであり、研究用途には原典への直接的参照が推奨される)
