点眼薬は、眼疾患の治療や眼の健康維持において非常に重要な役割を果たす医薬品である。しかし、多くの人々が点眼薬を誤った方法で使用しており、その結果、効果が十分に発揮されないばかりか、副作用や感染症のリスクを高めてしまうことも少なくない。この記事では、点眼薬を正確かつ安全に使用するための方法について、科学的根拠に基づき詳細に解説する。
点眼薬の基本的な役割は、目の表面や内部組織に直接薬効成分を届けることであり、一般的には抗菌薬、抗炎症薬、抗アレルギー薬、眼圧降下薬、潤滑剤(人工涙液)などが処方される。薬剤の種類ごとに使い方や注意点は若干異なるものの、共通する正しい使い方の原則を守ることで、治療効果を最大限に引き出し、眼の健康を守ることが可能になる。
まず第一に、点眼前の手洗いが極めて重要である。目は非常にデリケートな器官であり、手指に付着した細菌やウイルスが点眼の際に眼内へ侵入することを防ぐために、石鹸と流水で手をしっかり洗う必要がある。アルコール消毒液も補助的に使用するが、石鹸による物理的な洗浄が最も効果的である。
次に、点眼薬のボトルやキャップの取り扱いにも注意を払わなければならない。点眼薬の先端がまつげやまぶた、皮膚に触れると、細菌が容器内に侵入し、薬剤全体が汚染されるリスクがある。キャップは清潔な場所に置き、使用中はボトルの先端を決して他の物体に接触させないことが原則である。
点眼時の姿勢は、できるだけ仰向けになるか、椅子に座った状態で頭を後ろに倒すのが理想的だ。この姿勢を取ることで、薬液がまぶたや頬に垂れるのを防ぎ、目の表面にしっかりと留まる時間を確保できる。片手で下まぶたを軽く引き下げ、もう一方の手で点眼薬を持ち、1滴ずつ確実に目の中へ滴下する。2滴以上入れても薬効は増さないばかりか、目からあふれた薬液が皮膚に触れて炎症や色素沈着の原因となるため、1回1滴が適量である。
点眼後はすぐにまばたきを繰り返すのではなく、軽く目を閉じたまま1~2分静かに過ごすことで、薬液が目の表面から涙道を通じて鼻腔や咽頭へ流れ込むのを防ぎ、目に薬がしっかり浸透する。さらに指で目頭(内眼角)を優しく押さえることで、涙道から薬液が体内に吸収されるのを抑制する「涙点圧迫」を行うと、全身性副作用のリスクも低減できる。これは特に、β遮断薬やステロイド系点眼薬など、全身吸収による副作用が懸念される薬剤では必須のステップである。
異なる種類の点眼薬を併用する場合は、薬剤同士が混ざり合うことで薬効が変化したり、目から薬が早く排出されてしまう恐れがある。そのため、最低でも5分以上の間隔を空けて次の薬を点眼する必要がある。特に、懸濁液(白く濁った薬剤)と透明な水溶液を併用する場合は、先に水溶液を点眼し、その後に懸濁液を使うのが一般的である。理由は、水溶液の方が拡散しやすく、先に吸収されることで薬効が最大化されるためである。
点眼薬の保存方法についても誤解が多い。冷蔵保存が必要な薬剤もあれば、常温保存が推奨される薬も存在する。誤った保存方法は薬効成分の劣化を招き、効果を著しく低下させる。たとえば抗菌薬の一部は冷蔵保存が必要だが、冷たすぎる薬液は点眼時に違和感を引き起こすため、使用直前に室温に戻す工夫も求められる。また、開封後の使用期限も厳守しなければならない。一般的には開封後1か月以内に使い切ることが推奨されており、使用期限を過ぎた点眼薬は例え外観が変わらなくとも、無条件で廃棄する必要がある。
以下に、正しい点眼手順をまとめた表を示す。
| 手順 | 内容 | ポイント |
|---|---|---|
| 1 | 手洗い | 石鹸と流水で30秒以上洗浄、アルコール消毒も推奨 |
| 2 | ボトル準備 | キャップを外し、先端が汚れないよう注意 |
| 3 | 姿勢を整える | 仰向けまたは頭を後ろに倒した姿勢が理想 |
| 4 | 下まぶたを引く | 片手で下まぶたを軽く引き、ポケット状にする |
| 5 | 点眼 | 1滴ずつ目の中央に滴下、2滴以上は不要 |
| 6 | 目を閉じる | 1~2分間目を閉じて薬液の吸収を促進 |
| 7 | 涙点圧迫 | 目頭を1分間軽く押さえ、副作用予防 |
| 8 | 薬剤併用時の間隔 | 最低5分間隔を空ける |
| 9 | 保存と使用期限確認 | 指示通りの温度で保存、開封後1か月以内に廃棄 |
点眼薬は、医師の指示に従って正確に使用することで、視力や眼の健康を守るための強力な武器となるが、誤用によって思わぬ健康被害を引き起こす場合がある。特に、抗生物質系点眼薬の不適切な使用は、耐性菌の出現という深刻な問題を招く。日本国内でも、眼科領域での薬剤耐性菌は年々増加しており、日本眼科学会も抗菌薬の適正使用について注意喚起を行っている(日本眼科学会抗菌薬適正使用指針, 2022)。
また、点眼薬を使用する際は、以下の点にも注意する必要がある。コンタクトレンズ装用者の場合、点眼薬の成分がレンズに吸着し、薬剤が長時間目に留まることで思わぬ刺激症状やアレルギー反応を引き起こす恐れがある。コンタクトレンズ装着中は、医師の指示がない限り点眼薬は使用せず、基本的にはレンズを外してから点眼し、5〜10分経過後に再装着するのが安全である。
さらに、高齢者や小児、自己管理が難しい患者では、介護者や家族が点眼補助を行う場合もある。この際も、使用者と介助者の両者が手洗いを徹底し、清潔な環境下で実施することが求められる。点眼補助具を用いると、手が震えたり視力低下で点眼が難しい人でも、正確に薬液を目に届けることが可能になる。現在では、シリコン素材やプラスチック製の使い捨てタイプから、繰り返し使える点眼補助具まで、さまざまな製品が市販されている。
点眼薬に関連する副作用としては、局所的な目のかゆみ、充血、腫れ、異物感のほか、薬剤が鼻腔や喉へ流れ込むことで全身症状を引き起こす場合もある。特にβ遮断薬系点眼薬は、気管支喘息の悪化、徐脈、血圧低下といった重篤な副作用を誘発するリスクが知られており、自己判断で使用を中止せず、必ず眼科医に相談することが重要である。
最後に、点眼薬は症状が改善したからといって自己判断で中止すべきではない。医師の指示した期間まできちんと使い続けることが、再発防止や完全治癒には不可欠である。また、症状が改善しない場合や悪化した場合も、速やかに医師に相談することが望ましい。点眼薬はあくまで医師の診断と処方を受けた上で使用すべき医薬品であり、市販薬であっても長期間自己判断で使用し続けることは避けるべきである。
点眼薬の正しい使い方は、目の健康を維持する上で不可欠であり、日本人の視覚障害予防において基本中の基本である。高齢社会を迎えた日本において、白内障、緑内障、加齢黄斑変性症、ドライアイといった疾患はますます増加している。これらの疾患に対する予防的ケアや治療の第一歩が、点眼薬の正確な使用であることを、多くの人々が理解し、実践することが強く求められる。
参考文献:
-
日本眼科学会「抗菌薬適正使用指針2022年版」
-
厚生労働省「医薬品適正使用ガイドライン」
-
日本点眼薬学会「点眼薬の正しい使い方と患者指導の手引き」
-
山口大学医学部眼科学教室「点眼療法における涙点閉鎖の重要性」(日本眼科学雑誌, 2021)
-
斎藤明子ほか「点眼薬使用に関する患者教育の実態と効果」日本臨床薬理学雑誌 2020年 51巻3号

