猫の出産が近づくサイン:完全かつ包括的な科学的解説
猫が出産を迎える直前の兆候を正確に理解することは、飼い主にとって非常に重要である。特に初めて出産を迎える猫や、多頭飼育環境にある猫にとっては、適切なケアとタイミングが命に関わる問題にもなりうる。以下では、出産が差し迫っている猫に現れる生理的・行動的・心理的な変化を、獣医学的な知見に基づいて包括的に解説する。

妊娠の期間と基礎知識
猫の妊娠期間(妊娠日数)は一般に 63〜65日(約9週間)である。これを基に出産予定日を予測することができるが、実際には個体差が存在し、58日目から70日目の範囲で出産が起こることもある。
出産が近づく具体的な兆候
1. 巣作り行動の出現
妊娠後期になると、多くの猫は静かで安全な場所を探して巣作りを始める。これは本能的な行動であり、毛布や衣類、新聞紙などを用いて自らの出産スペースを確保しようとする。
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家具の下やクローゼットの奥など、人目につきにくい場所を選ぶ傾向が強い。
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巣の場所を転々と変えることもあり、最終的に落ち着くまで数日を要する。
2. 体温の低下
出産の約12〜24時間前には、猫の体温が通常の約38.0〜39.2℃から約37.2℃以下に下がることが知られている(直腸温測定による)。ただしこれはすべての猫に当てはまるわけではないため、あくまで補助的な目安である。
時間 | 平均体温(直腸) |
---|---|
通常 | 38.5℃前後 |
出産24時間前 | 37.2℃以下 |
3. 乳腺の発達と乳漏れ
出産の1週間ほど前から、猫の乳腺が明らかに発達し、乳頭がピンク色に肥大してくる。この時期、乳頭から初乳(初めて出る乳)がにじむこともある。
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特に若齢猫では、乳頭の変化が顕著になる傾向がある。
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出産直前には乳腺が硬く張り、触れると温かみを帯びている。
4. 落ち着きのなさと不安行動
ホルモンの変動により、猫はそわそわとした挙動を見せるようになる。具体的には以下のような行動が観察される。
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飼い主に頻繁に付きまとう
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同じ場所を行ったり来たりする
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鳴き声の頻度や音量が増える
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食欲の変動(特に食欲低下)
5. 陰部からの分泌物の出現
出産が非常に近づいた段階では、透明〜白っぽい粘液状の分泌物が陰部から出ることがある。これは**頸管粘液栓(バリア)**が溶けたサインであり、数時間以内〜1日以内に陣痛が始まることを意味する。
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黄色や緑色、血が混じるような異常な分泌物は緊急性の高い感染症や胎児の異常の可能性があるため、すぐに獣医師に相談する必要がある。
6. 胎動の減少または消失
妊娠後期に頻繁に感じられた胎動が弱まるまたは完全に止まることも、出産の間近であるサインのひとつである。これは胎児が出産に備えて骨盤内に下降し、動きにくくなるためである。
陣痛の兆候と分娩プロセス
陣痛の初期(第一期)
この段階では子宮の収縮が始まり、猫は以下のような変化を示す:
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頻繁に巣に出入りする
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陰部を頻繁に舐める
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短く鳴く
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呼吸が浅く早くなる(ハアハアすることもある)
この期間は数時間〜12時間ほど続く。
陣痛の進行(第二期)
子宮口が完全に開き、実際の分娩が始まる。以下の特徴がある:
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はっきりとした腹部の収縮(いきみ)
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胎児の袋(羊膜)または頭部・四肢が陰部から見え始める
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第一子が出るまでの時間は一般に10分〜1時間(これを超える場合は異常)
出産後に観察すべきポイント
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胎盤の排出確認:胎児1体につき胎盤が1つあるため、数が一致しない場合は子宮内残留の可能性がある。
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母猫の行動:出産後すぐに子猫を舐め、へその緒を噛み切る。何もしない場合は助けが必要。
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体温と出血の観察:異常な出血、発熱(39.5℃以上)、元気消失があれば感染症の可能性がある。
表:出産が近づく兆候と推定タイミング
兆候 | 出現時期 | 解説 |
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巣作り | 出産1週間前〜数日前 | 安全な出産場所を探す本能 |
食欲低下 | 出産2〜3日前 | 胃腸の圧迫、ホルモン変化による |
体温低下 | 出産12〜24時間前 | ホルモン変動に伴う生理的現象 |
粘液分泌 | 出産数時間前 | 子宮頸管の開大開始 |
陣痛(初期) | 出産0〜12時間前 | 子宮収縮が始まる |
いきみと胎児排出 | 出産直前 | 分娩第二期 |
異常兆候と緊急対応
以下のような状況が確認された場合は、ただちに獣医師に相談または受診する必要がある。
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陣痛が始まっても1時間以上胎児が出てこない
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血の塊や緑色の液体が先に出てきた
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猫が極度にぐったりしている
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出産後も胎盤の数が足りない
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子猫が全く呼吸しない・動かない
出産直後のケアと環境整備
出産を終えたばかりの母猫には、静かで暖かく清潔な環境を提供することが不可欠である。次の点を意識するとよい:
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巣の温度は**26〜28℃**に保つ(新生児の体温維持のため)
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母猫がストレスを感じないように、極力人の出入りを減らす
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必要に応じて栄養価の高い食事と水分補給を促す
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出産記録(日付・頭数・異常の有無)をメモしておくと、次回以降の出産や獣医診断に役立つ
結語
猫の出産は極めて自然な現象でありながら、少しの知識と観察力の差が母子の健康を大きく左右する。飼い主は、科学的根拠に基づいた正確な知識を身につけ、出産の兆候を的確に捉える力を養うべきである。本記事が、猫とその子どもたちの命を守るための一助となれば幸いである。
参考文献
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Root Kustritz, M.V. (2006). Clinical Canine and Feline Reproduction. Elsevier.
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Johnston, S.D., Root Kustritz, M.V., Olson, P.N.S. (2001). Canine and Feline Theriogenology. Saunders.
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日本獣医学会雑誌(2020年)『伴侶動物の繁殖生理に関する研究』
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小動物臨床繁殖学会編(2019年)『小動物の周産期管理ガイドライン』