知的障害(知的発達症)の定義と包括的理解
知的障害(知的発達症、英語ではIntellectual Disability)は、発達期に生じる神経発達障害の一つであり、認知機能および適応行動における著しい制限を特徴とする。これらの制限は、個人の学習、推論、問題解決、計画、抽象的思考、判断、学術的学習、および経験からの学びといった知的機能全般に影響を与える。さらに、社会的責任、自立した生活、コミュニケーション、社会的スキル、学校や職場での適応力といった日常生活に必要な適応行動にも支障が生じる。
知的障害は医学的、心理学的、教育的観点から広範に研究されており、その診断、分類、介入方法については、時代とともに変化し続けている。現代の国際的な診断基準としては、アメリカ精神医学会による『精神障害の診断と統計マニュアル 第5版(DSM-5)』や、世界保健機関(WHO)の『国際疾病分類 第11版(ICD-11)』が用いられている。これらの基準では、知的障害を「知的機能と適応行動における制限があり、発達期に始まる状態」と定義している。
知的機能の制限とは
知的機能とは、知能指数(IQ)によって数値的に測定される知的能力のことを指す。具体的には、以下のような能力を含む:
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学習能力
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推論能力
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判断力
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問題解決能力
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抽象的思考
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記憶と注意の持続
一般的には、IQが70以下(標準偏差2以上の下)であることが、知的障害の診断基準の一つとされている。ただし、近年ではIQスコアのみでの診断は適切ではないとされ、適応行動の評価が重視されている。
適応行動の制限とは
適応行動とは、個人が日常生活を営むうえで必要とされる実用的なスキルであり、以下の3領域に分類される:
| 適応行動領域 | 具体的内容 |
|---|---|
| 概念的スキル | 読み書き、金銭管理、時間の理解、言語能力など |
| 社会的スキル | 人間関係の形成、責任感、ルールの理解、対人スキルなど |
| 実用的スキル | 着替え、食事、移動、職場での行動、自立した生活など |
これらのスキルのうち、2つ以上に明らかな制限が見られる場合、知的障害の診断が考慮される。
発症時期について
知的障害は**発達期(概ね18歳未満)**に出現する必要がある。つまり、成人期に事故や病気によって生じた認知機能の低下(例:認知症や外傷性脳損傷)は、知的障害とは分類されない。
重症度分類
DSM-5では、知的障害を以下の4段階に分類している:
| 重症度 | 説明 |
|---|---|
| 軽度(軽い) | IQは55〜70程度。多くの場合、支援の下で読み書きや基本的な自立生活が可能。社会生活への参加も可能。 |
| 中等度 | IQは40〜55程度。学習は限られた範囲にとどまる。日常生活には定期的な支援が必要。 |
| 重度 | IQは25〜40程度。言語能力や運動機能に著しい制限があり、常時の支援が必要。 |
| 最重度 | IQは25未満。非常に限られた理解力とコミュニケーション能力しか持たず、全面的な介助が求められる。 |
この分類は、教育的支援や生活支援を行う際の目安となる。
原因
知的障害の原因は多岐にわたるが、大きく遺伝的要因と後天的要因に分けられる。
遺伝的要因:
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ダウン症候群(21番染色体のトリソミー)
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フラジャイルX症候群
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プラダー・ウィリ症候群
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ウィリアムズ症候群
後天的要因:
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胎児期のアルコール曝露(胎児性アルコール症候群)
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出産時の酸素不足
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新生児期の感染症や代謝異常(例:フェニルケトン尿症)
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幼少期の外傷や脳炎、重度の栄養失調
多くの場合、複数の要因が複雑に絡み合って知的障害が生じている。
評価と診断
知的障害の評価には、以下の手法が用いられる:
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知能検査(例:WISC、WAIS)
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適応行動評価(例:Vineland Adaptive Behavior Scales)
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発達検査(乳幼児の場合)
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医療的検査(染色体検査、脳波、MRIなど)
評価は多職種チーム(医師、心理士、教育者、言語聴覚士など)によって総合的に行われることが望ましい。
支援と介入
知的障害を持つ人々への支援は、その人の能力の最大化と生活の質の向上を目的とする。
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早期療育(乳幼児期からの支援)
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特別支援教育
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言語療法・作業療法・理学療法
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就労支援(福祉的就労、一般就労への移行)
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地域生活支援(グループホーム、生活介護など)
支援の在り方は、当事者のニーズに応じて柔軟に設計されるべきである。
社会的包摂と権利の保障
現代社会においては、知的障害を持つ人々の人権と社会参加を保障することが極めて重要である。日本を含む多くの国が批准している『障害者権利条約(CRPD)』では、障害のある人々が他の市民と平等に生活し、働き、学ぶ権利を有すると明記している。
また、日本では2016年に「障害者差別解消法」が施行され、合理的配慮の提供が義務化された。これにより、知的障害を持つ人も地域社会の一員として包摂される社会の実現が目指されている。
統計と現状
日本国内における知的障害者数は以下の通り(厚生労働省の統計による):
| 区分 | 推定人数(人) |
|---|---|
| 知的障害者手帳所持者 | 約100万人以上 |
| 特別支援学校(知的障害)在籍者 | 約15万人 |
| 一般就労している知的障害者 | 約7万人 |
これらのデータからも、知的障害は社会全体で取り組むべき重要な課題であることが分かる。
今後の課題と展望
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インクルーシブ教育の推進
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障害者雇用の拡大
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支援機関間の連携強化
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当事者による自己表現の機会の拡充
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家族支援とレスパイトケアの充実
知的障害者が社会の中でその人らしく生き、自己決定が尊重されるためには、行政、教育機関、医療、福祉、企業、地域社会が一体となって支援を行うことが不可欠である。
参考文献
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American Psychiatric Association (2013). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM-5).
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WHO (2019). International Classification of Diseases 11th Revision (ICD-11).
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厚生労働省「障害者白書」
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日本知的障害福祉協会
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日本発達障害ネットワーク(JDDnet)
知的障害に関する正確な理解と、個々のニーズに応じた支援の実現こそが、真の共生社会の鍵である。知的障害は“個性の一つ”として理解されるべきであり、その多様性は社会にとってかけがえのない財産である。
