研究における計画的かつ体系的なアプローチを確立するためには、「研究計画書(リサーチ・プロポーザル)」の作成が不可欠であり、その中核をなすのが「研究計画の要素(または研究計画の構成要素)」である。以下では、学術的厳密さと実践的意義の両面から、研究計画を構成する主要な要素を完全かつ包括的に整理し、各構成要素の役割や必要性、書き方に至るまで詳細に論じる。
1. 研究課題(研究テーマ)
研究の出発点となる「研究課題」は、計画全体の方向性を決定づける根幹である。単なる興味や問題意識だけでなく、社会的・学術的意義を伴った具体的な主題である必要がある。

たとえば、テーマが「高齢社会における地域医療のあり方」である場合、その課題設定には以下の要素が含まれるべきである:
-
現状と問題点の明示
-
問題が生じた背景
-
対象とする地域や集団の明確化
-
研究を通じて明らかにしたい点
このように、研究課題は研究全体の「問い(リサーチクエスチョン)」を導き出す基盤であり、明瞭かつ実現可能でなければならない。
2. 研究目的・研究仮説
研究の目的(または目標)は、研究課題に基づいて「何を明らかにするか」「どのような知見を得ようとするのか」を明示するものである。また、量的研究においては検証可能な「研究仮説」の提示が求められる。
研究目的の例:
-
地域在住の高齢者における訪問看護の満足度と生活の質(QOL)の関連を明らかにする。
-
AI技術の導入が中小企業の業務効率に与える影響を実証的に分析する。
研究仮説の例:
-
「高齢者において訪問看護の利用頻度が高いほど、生活の質の指標は高くなるであろう。」
仮説は明確であり、検証可能(falsifiable)である必要がある。
3. 先行研究の整理と位置づけ
どのような研究であれ、既存の文献や研究成果を踏まえることなしに進めることはできない。研究の独自性や新規性は、既存研究との比較を通してのみ明らかになる。
このセクションでは:
-
主要な先行研究を複数(可能であれば国際的文献も含めて)要約
-
各研究の方法論、結果、限界などを批判的に分析
-
自身の研究がどのような「空白(ギャップ)」を埋めるのかを明示
先行研究を通じて得られた知見を図や表にまとめると、視覚的に理解しやすくなる:
研究者名(年) | 研究対象 | 使用手法 | 主な結論 | 限界点 |
---|---|---|---|---|
山田(2018) | 高齢者 | 質的面接 | 訪問看護は孤独感を軽減 | サンプル数が少ない |
田中(2021) | 高齢者 | 質問紙 | 看護頻度とQOLに正の相関 | 地域限定 |
このような比較を通じて、自らの研究の意義を説得力をもって提示できる。
4. 研究方法(方法論)
研究方法の選定は、目的達成に直結する極めて重要な要素である。方法論の明確化は、研究の信頼性と再現性を保証する鍵となる。
4.1 研究の種類
-
量的研究(Quantitative Research):実験、調査、統計的分析
-
質的研究(Qualitative Research):インタビュー、参与観察、事例研究
-
混合研究法(Mixed Methods):上記の併用
4.2 データ収集方法
-
質問紙調査(紙・Web)
-
半構造化インタビュー
-
公的統計データの二次利用
-
実地観察
4.3 対象とサンプリング
-
サンプルサイズの根拠(パワー分析等)
-
無作為抽出か、有意抽出か
-
倫理的配慮(インフォームド・コンセント)
4.4 分析手法
-
量的:回帰分析、分散分析、t検定など
-
質的:グラウンデッド・セオリー、内容分析、ナラティブ分析など
これらの選択は、研究目的と仮説に対応していなければならない。
5. 研究スケジュールと実施体制
研究は時間と資源の制約のもとで実施されるため、現実的かつ詳細なスケジュールの提示が不可欠である。研究の各段階をガントチャートで示すことが推奨される。
月/期 | 活動内容 |
---|---|
1-2月 | 文献レビュー、研究設計 |
3-5月 | 質問紙作成、倫理審査 |
6-8月 | 調査実施 |
9-10月 | データ分析 |
11-12月 | 論文執筆、発表準備 |
また、研究チームが存在する場合は役割分担も明示することが望ましい(例:統計解析担当、調査設計担当など)。
6. 研究の意義(学術的・社会的)
本研究が完成した際に、どのような貢献が見込まれるのかを述べるセクションである。次の二側面に分けて記述することが有効である。
-
学術的意義:理論モデルの拡張、方法論の革新、知識体系への寄与など
-
社会的意義:政策提言、実践的ガイドラインの策定、社会課題の可視化など
たとえば、「高齢者医療の研究」であれば、社会的意義としては「医療政策の再設計」「現場の看護職への実用的示唆」などが挙げられる。
7. 倫理的配慮
人を対象とする研究では、倫理的な配慮が不可欠である。とくに以下の事項は必ず明記する必要がある:
-
調査協力者へのインフォームド・コンセント
-
プライバシーと匿名性の保護
-
研究参加の自由と中止の自由の保証
-
研究倫理審査委員会の承認取得(研究機関に属する場合)
8. 研究の限界とリスク管理
研究者としての誠実性を示す意味でも、自らの研究にどのような限界があるかを事前に認識し、明記することは極めて重要である。たとえば:
-
地域的偏りによる一般化の限界
-
質的調査による主観性の影響
-
外的要因(例:コロナ禍)による実施困難の可能性
これに加えて、想定される研究の中断や困難に対する代替案(バックアップ・プラン)を記載することで、研究計画の実行可能性が高まる。
9. 参考文献
研究計画書では、使用する全ての文献やデータソースを適切な書式で記載することが求められる。日本では日本語文献に加え、英語論文も重要な資料として参照されることが多い。学術的にはAPAスタイル、MLAスタイル、Chicagoスタイルなどが一般的であるが、所属機関の規定に従う必要がある。
結語:研究計画の体系的設計が研究の成功を決定する
研究の質と成果は、研究計画の精緻さに大きく依存する。ここで述べた各構成要素を明確にし、論理的に整合性のある形で計画を立てることで、実施段階における問題を未然に防ぐことができる。また、研究助成金の申請や学術審査においても、計画の明確性と妥当性が重要な判断基準となる。
したがって、研究計画書の作成は単なる事務作業ではなく、研究者自身が自らの問いと方法に真摯に向き合い、科学的思考を徹底的に鍛える過程でもある。これこそが、すべての優れた研究の第一歩なのである。