精巣うっ血(せいそううっけつ)とは何か:原因、症状、診断、治療、予後までの包括的な医学的考察
精巣うっ血(英語ではTesticular congestion)は、一般にはあまり知られていないが、臨床的には重要な泌尿器科的状態である。この状態は、精巣やその周囲の組織に血液が過剰に滞留し、圧力の上昇や不快感、痛み、あるいは生殖機能への影響を引き起こす可能性がある。単なる一過性の不快感に過ぎない場合もあれば、慢性化し精巣の構造的損傷を招くこともあるため、十分な理解と適切な対応が必要である。本稿では、精巣うっ血の発生機序、誘因、臨床症状、診断アプローチ、治療選択肢、そして予後に至るまでを網羅的かつ科学的に解説する。

精巣うっ血の定義と解剖学的背景
精巣うっ血は、文字通り精巣における血液の「うっ滞(スタシス)」を意味する。通常、精巣は豊富な動脈血流と効果的な静脈還流により、適切な温度と代謝環境を保っている。血液は精巣動脈(testicular artery)を通じて供給され、精巣静脈叢(pampiniform plexus)を経て静脈へ還流する。この静脈叢は精巣の温度調節にも関与しており、生殖機能の維持に不可欠である。
しかし、何らかの理由で静脈還流が妨げられると、血液が精巣内に滞留し、うっ血状態が生じる。この状態は一過性である場合もあるが、長期間続くと静脈瘤、組織の浮腫、精巣機能低下などの合併症を引き起こす。
精巣うっ血の主な原因と病態生理
1. 性的興奮と射精の欠如
最も頻繁に報告される原因の一つは、性的興奮が継続したにもかかわらず射精が行われなかった場合である。この場合、精巣および精巣上体(副睾丸)への血流が増加するが、それが解消されずに滞留することで一時的なうっ血が生じる。この現象は俗に「ブルーボール(Blue balls)」とも呼ばれ、一般的には一時的な不快感に留まるが、慢性化すると痛みや炎症を引き起こす可能性がある。
2. 静脈還流障害
精索静脈瘤(varicocele)は、精巣静脈叢の静脈が異常に拡張し、還流が妨げられる状態である。これはうっ血の慢性化に直結し、精子形成障害や精巣萎縮の原因となる。
3. 鼠径ヘルニアや腫瘍
腹圧の異常上昇や腫瘍性病変により、精巣やその血管系が圧迫されると静脈還流が困難となり、うっ血状態を呈することがある。特に精巣腫瘍は急激な症状の進行と共に発見されることがあるため、迅速な診断が重要である。
4. 慢性前立腺炎や精嚢炎
前立腺や精嚢における慢性炎症は骨盤内の循環に影響を与え、精巣の還流障害を招くことがある。
臨床症状
精巣うっ血の症状は個人差が大きいが、以下のような特徴がある。
症状 | 説明 |
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精巣の重さ・圧迫感 | 精巣が引っ張られるような感覚や重だるさを訴える患者が多い。 |
鈍痛または鋭い痛み | 座位や立位で悪化し、横になると緩和されることがある。 |
精巣の腫脹または静脈の浮き出し | 精索静脈瘤を伴う場合に明瞭となる。 |
射精後の痛みの軽減 | 一時的なうっ血が原因の場合、射精により血流が改善し症状が緩和することがある。 |
診断手法
精巣うっ血は臨床診断においては鑑別が必要な疾患群である。以下の診断法が一般的である。
1. 身体診察
触診により精巣の腫脹、圧痛、静脈の拡張の有無を確認する。バルサルバ手技により静脈瘤の有無も評価される。
2. 超音波検査(ドプラー併用)
最も有効な画像診断法であり、血流動態、静脈の拡張、血栓の有無、精巣の実質構造を観察可能。静脈還流の低下やうっ血所見が視覚的に確認できる。
3. 尿検査・精液検査
感染や炎症の有無を調べるために行われる。白血球数の上昇や菌の存在は感染症との鑑別に有用である。
4. MRI・CT検査(必要時)
腫瘍性病変や腹腔内の構造異常が疑われる場合に施行される。
鑑別診断
精巣うっ血と類似した症状を呈する疾患は多数存在するため、以下の疾患との鑑別が不可欠である。
疾患名 | 鑑別ポイント |
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精巣捻転 | 急激な激痛、ドプラーで血流消失 |
精巣上体炎 | 発熱、膿尿、感染症状の合併 |
精索静脈瘤 | 左側に多く、静脈の蛇行と拡張 |
精巣腫瘍 | 無痛性の腫瘤、硬結 |
治療方針とアプローチ
治療は原因と重症度に応じて個別化される。
1. 保存的治療
軽度の一過性うっ血や性的興奮由来の症状では以下が推奨される。
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安静・冷却療法
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鎮痛剤の使用(NSAIDsなど)
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下着のサポート(サポーターの着用)
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射精による血流改善
2. 薬物療法
慢性炎症や痛みを伴う場合には抗炎症薬や筋弛緩薬が使用される。
3. 外科的治療
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静脈瘤塞栓術または結紮術:静脈瘤が明確で、精子の質や疼痛に影響を与えている場合。
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ヘルニア修復術:鼠径ヘルニアが原因である場合。
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腫瘍摘出術:腫瘍性病変が認められる場合。
予後と生活上の注意点
適切な診断と治療が行われれば、精巣うっ血の多くは良好な予後を示す。特に性的興奮に起因する一時的なうっ血では、自然軽快する例が多数である。しかし、慢性化や構造的障害を伴う場合は生殖機能への影響が懸念されるため、定期的なフォローアップが推奨される。
注意点:
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長時間の立位や過度な腹圧を避ける
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ぴったりした衣服の着用を避け、通気性のよい下着を選ぶ
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水分摂取と運動を適度に行い、骨盤部の血流を改善する
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性的健康の管理(過剰な性的興奮の抑制)
結論
精巣うっ血は一般にはあまり注目されないが、男性の泌尿生殖器の健康にとって重要な疾患である。生理的な現象として発生することもあれば、深刻な基礎疾患の兆候である可能性もあるため、自己判断による放置は避けるべきである。泌尿器科医による正確な評価と科学的根拠に基づいた介入が、長期的な健康と生殖能力の維持に寄与する。日本