一般外科

精巣の腫れと鼠径ヘルニア

男性における鼠径ヘルニア(いわゆる「精巣ヘルニア」「陰嚢ヘルニア」と誤解されがちな状態)についての完全かつ包括的な解説


「ヘルニア(hernia)」とは、通常その部位に存在しない臓器や組織が、体の他の部分に突き出してしまう状態を指す。男性の陰嚢(いわゆる「精巣の袋」)に腸や腹膜の一部がはみ出す状態は、俗に「精巣ヘルニア」や「陰嚢ヘルニア」と呼ばれることがあるが、医学的にはこれは**鼠径ヘルニア(そけいヘルニア)**という。

この疾患は、特に新生児や乳幼児、または高齢の男性によく見られ、日本においても年間多数の手術が行われている非常に一般的な疾患である。


鼠径ヘルニアとは何か?

鼠径ヘルニアは、腹腔内の臓器(多くは腸の一部)が、鼠径部(足の付け根)を通って陰嚢内に脱出する状態を指す。ヘルニアの袋が陰嚢内まで到達する場合、まるで「精巣にこぶができた」ような外観となるため、誤って「精巣ヘルニア」と呼ばれることがある。

分類:

タイプ 説明
間接型鼠径ヘルニア 生まれつき腹膜鞘状突起が閉じず、腹腔内の内容物が陰嚢へ脱出。小児に多い。
直接型鼠径ヘルニア 加齢や筋力の低下で腹壁が弱まり、鼠径部を通って臓器が飛び出す。高齢者に多い。
大腿ヘルニア 鼠径靭帯の下を通って太ももの内側へ突出する。女性にやや多いが稀。

発生のメカニズム

胎児期、精巣はお腹の中で形成され、出生前に陰嚢に降下する。このとき腹膜が一緒に引き込まれて「腹膜鞘状突起」と呼ばれる構造を形成する。通常、この突起は出生前後に閉鎖するが、閉鎖が不完全だとそこを通って腹腔内容物(主に腸管)が陰嚢内に入り込んでしまう。

一方、成人の場合は、腹壁の筋肉や結合組織が加齢や過剰な腹圧(重いものを持ち上げる・慢性的な便秘・咳など)により脆弱になることで、臓器が鼠径部を通じて脱出する。


主な原因

  1. 先天的要因:腹膜鞘状突起の閉鎖不全(新生児や小児)

  2. 筋力の低下:加齢・運動不足

  3. 過剰な腹圧:便秘、慢性的な咳、前立腺肥大などによる排尿困難

  4. 重労働・運動:特に無理な重量挙げや立ち仕事

  5. 肥満または急激な体重減少


症状

初期には目立った痛みがないことが多く、以下のような症状から発見されることが多い:

  • 鼠径部または陰嚢に柔らかい腫れ(触ると引っ込む)

  • 咳や立ち上がる動作で腫れが拡大

  • 腹部に重だるさや違和感

  • 歩行や運動中の痛み

進行すると以下のような危険な症状が現れる可能性もある:

  • 脱出した腸が戻らなくなる(嵌頓ヘルニア

  • 腸閉塞の症状:吐き気、嘔吐、腹痛、排便・排ガスの停止

  • 腸壊死:血流が遮断されることで腸組織が壊死し、緊急手術が必要


診断方法

  • 視診・触診:立位で陰嚢部に腫れがないか、咳で大きくなるかなどを確認

  • 超音波検査:内容物が腸管であるか、血流があるかなどを評価

  • CT検査:他の病気との鑑別や構造の詳細を把握

  • MRI:まれに使用されるが、女性や再発例など特殊な場合に有用


治療法

根本的な治療は手術以外には存在しない。ヘルニアバンドなどの保存的治療は一時的対処に過ぎず、再発や嵌頓のリスクが高まるため、現代医学ではほとんど使用されない。

1. 鼠径ヘルニア根治術(ヘルニア修復術)

手術方法 特徴
開腹手術(従来法) 鼠径部を切開し、ヘルニア嚢を戻し、メッシュで補強。再発率は低い。
腹腔鏡下手術 小さな孔からカメラと器具を挿入。回復が早く、傷が目立たない。両側同時手術も可能。

術後の注意点:

  • 約1週間は重労働禁止

  • 排便をスムーズにするため食物繊維摂取を推奨

  • 激しい運動は1か月ほど避ける

  • まれに慢性疼痛が残ることもあるが、通常は改善する


小児の鼠径ヘルニア

乳幼児や男児では、未閉鎖の腹膜鞘状突起を通じて腸が陰嚢に落ち込む。特に泣く・いきむ・咳をするたびに膨らむ陰嚢に気づくことがある。

小児では嵌頓のリスクが非常に高いため、発見次第速やかに手術(鼠径ヘルニア根治術)を行うのが一般的な方針である。


成人男性の再発とその予防

手術後の再発は数パーセント以下とされているが、以下の条件で再発リスクが高まる:

  • 手術後に重い物を持つ

  • 肥満・咳など腹圧が慢性的に高い状態が持続

  • 喫煙(組織の治癒を妨げる)

  • 手術中の技術的な不備

再発を予防するためには、腹圧管理と生活習慣の見直しが不可欠である。


予後と生活への影響

鼠径ヘルニアの手術を受けた後、多くの人は完全に元の生活に戻ることができる。ただし、術後の数週間は過度な運動や腹圧をかける行動を避けることが重要である。

一方、放置すると腸閉塞や腸壊死という生命を脅かす合併症に至ることもあるため、症状を自覚した段階での早期受診が推奨される。


統計データと手術件数(日本国内)

年度 鼠径ヘルニア手術件数(概算)
2015年 約170,000件
2020年 約180,000件
2023年 約190,000件(うち腹腔鏡下が約30%)

出典:日本ヘルニア学会・厚生労働省データベースより


結論

「精巣ヘルニア」と俗称される状態の正体は、医学的には鼠径ヘルニアであり、これは放置すれば命に関わる可能性もある疾患である。男性においては特に注意すべき病態であり、陰嚢にしこりや膨らみを感じたら恥ずかしがらずに泌尿器科や外科を受診するべきである。

現代では治療法も確立され、術後の生活への影響も最小限に抑えることが可能であるため、早期発見・早期治療が鍵となる。何よりも大切なのは、**自分の身体の異変を見逃さない「感覚」**と、正しい情報に基づく行動である。


参考文献:

  • 日本ヘルニア学会ガイドライン(最新版)

  • 厚生労働省 手術統計データ(e-Stat)

  • UpToDate, “Inguinal Hernia in Adults”

  • 小児外科学会「小児鼠径ヘルニアに関する手術ガイドライン」

  • 日本外科学会雑誌 第122巻・第3号(2023年)


必要であれば、イラスト図や手術前後の画像も提供可能。さらに臨

Back to top button