精巣腫大(精巣の腫れ)についての完全かつ包括的な科学的解説
精巣腫大(せいそうしゅだい)は、男性の陰嚢内にある精巣(睾丸)が通常よりも大きくなる状態を指す医学的な症候であり、さまざまな疾患、外傷、炎症、腫瘍、あるいは血液循環の異常など、複数の要因によって引き起こされる可能性がある。精巣腫大は一側性(片側)あるいは両側性で発生することがあり、その原因によって症状、進行、緊急性が大きく異なる。この記事では、精巣腫大の原因、分類、診断、治療法、予防策について、医学的かつ科学的に詳述する。

1. 精巣腫大の主な原因
精巣腫大はさまざまな要因で生じるが、以下のような主要な病態が知られている:
1.1 精巣炎および副睾丸炎(精巣付属器の感染)
細菌またはウイルス感染によって精巣や副睾丸(精巣の後方にある構造)が炎症を起こし、腫れを伴う。代表的な病原体は以下の通り:
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おたふく風邪ウイルス(ムンプス):思春期以降の男性で精巣炎を引き起こす。
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クラミジア・トラコマチス:性感染症として知られるクラミジア感染は副睾丸炎を起こす。
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大腸菌や淋菌:尿道からの逆行性感染が精巣まで達することがある。
症状としては、急激な痛み、発熱、発赤、触知痛が典型的である。
1.2 精巣捻転
緊急性の高い病態であり、精巣が精索(血管や神経が通る構造)ごとねじれて血流が途絶することで急激な痛みと腫れが生じる。12~18歳の思春期男子に多く、時間内に外科的整復を行わなければ精巣壊死に至る。
1.3 精巣腫瘍(悪性腫瘍を含む)
精巣に発生する腫瘍性病変の中には腫大を初発症状とするものがある。多くは無痛性の腫れとして現れ、触っても痛みを感じない。代表的な精巣腫瘍には以下がある:
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セミノーマ(精上皮腫)
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非セミノーマ性胚細胞腫瘍
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胚細胞腫瘍混合型
腫瘍マーカー(AFP、hCG、LDH)を用いた血液検査と、精巣超音波検査(エコー)による画像診断が重要となる。
1.4 精巣水腫(ヒドロセーレ)
精巣を包む膜の間に漿液が貯留して腫れる疾患。通常は無痛性で、光を当てると透光性がある点が特徴。新生児から高齢者まで見られ、先天性と後天性がある。
1.5 精索静脈瘤
精索内の静脈が拡張して精巣周囲にコブのような構造が形成される状態。特に左側に多く、陰嚢内に「ミミズ状」の触感を伴う腫大を示すことがある。男性不妊症の原因として知られる。
1.6 ヘルニア(鼠径ヘルニア)
腹腔内の腸管が鼠径部を通って陰嚢内に突出することで腫れを生じる。特に立位や腹圧をかけた時に腫大が目立つ。嵌頓(かんとん)した場合は緊急手術が必要。
2. 精巣腫大の診断
精巣腫大の診断には、問診と身体診察、そして画像診断と検査が不可欠である。
検査名 | 内容 | 用途・目的 |
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視診・触診 | 見た目の腫れや皮膚の発赤、痛みの有無を確認 | 感染症か腫瘍かを鑑別 |
超音波検査(エコー) | 精巣内部の構造、血流の有無、液体貯留の評価 | 腫瘍・水腫・精巣捻転などの鑑別 |
血液検査 | 白血球数、CRP、腫瘍マーカー(AFP、hCG、LDH)など | 感染の有無、腫瘍の可能性の評価 |
尿検査 | 尿路感染の有無、血尿、膿尿の有無 | 尿路感染症の合併の評価 |
CT / MRI | 腫瘍の転移検索や精巣外病変の精査 | 精巣腫瘍のステージ分類 |
3. 治療法の選択と管理
原因に応じて、治療法は大きく異なる。以下に代表的な治療アプローチを記す。
3.1 抗菌薬治療(精巣炎・副睾丸炎)
感染性疾患が原因であれば、抗菌薬の内服または点滴が基本となる。性感染症が疑われる場合はパートナーも同時治療が推奨される。
3.2 外科的整復(精巣捻転、ヘルニア)
精巣捻転では6時間以内の整復手術が不可欠。ヘルニアでは嵌頓を防ぐためにも計画的な手術が必要となる。
3.3 腫瘍切除および化学療法(精巣腫瘍)
精巣腫瘍が確認された場合、精巣の摘出(高位精巣摘除術)が行われる。その後、病理組織の結果に応じて、化学療法や放射線療法が追加される。
3.4 経過観察(軽度の水腫や精索静脈瘤)
軽度で無症状な場合は定期的な観察にとどめ、症状が進行した場合や不妊症の原因となる場合は手術適応となる。
4. 精巣腫大に伴う合併症とリスク
原因によっては以下のような深刻な合併症が生じることがある:
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精巣壊死(精巣捻転が放置された場合)
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男性不妊症(精索静脈瘤、腫瘍後遺症)
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悪性腫瘍の転移
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陰嚢膿瘍や敗血症(重度の感染症が進行した場合)
5. 予防と自己検診の重要性
精巣腫大を未然に防ぐためには、以下のような対策が推奨される:
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定期的な自己触診:月1回程度、入浴中などに精巣を触って異常の有無を確認する。
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性感染症の予防:コンドーム使用、定期的な性病検査。
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スポーツ時の外傷予防:サポーターやプロテクターの使用。
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ワクチン接種:おたふく風邪の予防接種。
6. 症例報告と疫学
日本国内で報告されている精巣腫瘍の発生率は年間で10万人あたり約1.5人程度とされており、比較的稀な疾患であるが、20〜40歳代の若年男性では最も頻度の高い固形がんである。一方、精巣捻転や副睾丸炎は小児・思春期の救急疾患としてよく見られ、迅速な対応が求められる。
7. まとめ
精巣腫大は見た目に現れる明白な症状でありながら、その背後に隠れている疾患は多岐にわたる。感染、外傷、血流障害、腫瘍など、原因の特定には詳細な診断が必要であり、自己判断や放置は極めて危険である。特に急激な痛みや発熱を伴う場合は、早急な医療機関の受診が強く推奨される。精巣という重要な臓器を守るためにも、正しい知識と早期の対応が何よりも重要である。
参考文献:
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日本泌尿器科学会「泌尿器科診療ガイドライン」
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厚生労働省 感染症発生動向調査
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日本がん対策推進協議会「精巣腫瘍の診断と治療」
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Campbell-Walsh Urology, 12th Edition. Elsevier.