精索静脈瘤(いわゆる「精巣の静脈瘤」または「陰嚢静脈瘤」)の症状に関する完全かつ包括的な医学的解説
はじめに

精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)は、男性の生殖器系に影響を及ぼす一般的な疾患であり、特に思春期以降の男性や不妊に悩む男性に多く見られる。これは、精索内に存在する静脈の拡張と蛇行によって特徴づけられ、解剖学的には主に左側に多く発生する傾向がある。この疾患は通常、進行性であり、軽度の不快感から不妊症までさまざまな症状を呈することがある。以下では、精索静脈瘤の症状について、臨床的観点から網羅的に解説する。
1. 初期症状と無症候性の特徴
多くの症例では、精索静脈瘤は**無症候性(症状がない)**であり、健康診断や不妊症の精査の一環として偶然に発見されることが多い。初期段階では以下のような症状は現れないか、極めて軽微である:
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陰嚢内の軽度の違和感
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長時間の立位や運動後に感じる不快感
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触診時に確認できる「ミミズ状の膨らみ」
この段階では、患者自身が異常を自覚することは稀である。
2. 自覚症状の進行と日常生活への影響
病状が進行すると、自覚症状が明確になり、日常生活にも支障をきたす可能性がある。主な症状は以下の通りである:
2.1 陰嚢の重だるさ・引きつるような痛み
精索静脈瘤による静脈血のうっ滞は、陰嚢内圧の上昇や神経の刺激を引き起こし、以下のような痛みを生じる:
種類 | 説明 |
---|---|
鈍痛 | 持続的でにぶい痛み(特に午後や立ち仕事の後) |
圧痛 | 陰嚢に圧を加えると痛みが増強する |
運動誘発性痛 | 運動や重い物を持ち上げた際に悪化 |
この痛みは、多くの場合仰向けで休むと軽減するという特徴がある。
2.2 陰嚢の腫れや膨らみ
進行した精索静脈瘤では、目視でも確認できる陰嚢の膨張がみられることがある。特に左側に集中し、静脈が拡張して蛇行するため、「袋の中にミミズが入っているような感触」と表現されることがある。
3. 精巣への影響と不妊症との関連
精索静脈瘤が男性の生殖機能に与える影響は極めて重要である。慢性的な静脈血のうっ滞は精巣温度の上昇を引き起こし、これは精子形成(造精機能)に直接的な悪影響を及ぼす。
3.1 精子の質の低下
項目 | 異常所見 |
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精子数 | 減少(乏精子症) |
精子運動率 | 低下(精子無力症) |
精子形態 | 異常形の増加 |
このような変化により、男性不妊症の最も一般的な可逆的原因とされている。世界保健機関(WHO)のガイドラインでも、精索静脈瘤が男性不妊の30~40%に関与していると報告されている。
3.2 精巣の萎縮
静脈血流障害は、精巣への酸素供給や栄養供給の低下を引き起こし、**精巣のサイズ縮小(精巣萎縮)**が観察されることがある。これにより、男性ホルモン(テストステロン)分泌にも影響を及ぼす可能性がある。
4. 思春期の青年における特異的症状
思春期の男児や青年においては、精巣の左右差が目立つことが診断の手がかりとなる場合がある。特に以下の点に注意が必要である:
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左側精巣の成長遅延
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学校やスポーツ活動中に訴える陰嚢の違和感
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陰嚢の形状の左右非対称
この年代での早期診断と適切な治療介入は、将来的な生殖機能保護において極めて重要である。
5. 精神的・心理的な影響
症状が軽度であっても、陰嚢の異常や不快感は男性の心理的ストレスや性的不安を引き起こすことがある。特に以下のような悩みが報告されている:
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見た目に対する羞恥心
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性的機能への不安
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不妊に関する心理的プレッシャー
このため、身体的症状と並行して、精神的ケアの重要性も認識されている。
6. 重篤な合併症の兆候
通常、精索静脈瘤自体は良性疾患であるが、まれに以下のような兆候が現れた場合は、迅速な評価が求められる:
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急激な陰嚢痛(→ 精巣捻転などとの鑑別が必要)
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突然の陰嚢腫脹
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発熱を伴う場合(→ 精巣上体炎や感染の疑い)
これらは精索静脈瘤以外の重篤な疾患との鑑別が必要であるため、早急な受診が推奨される。
7. 診断と症状の評価
自覚症状の有無に関わらず、**身体診察(触診)や超音波検査(カラードプラ)**により精索静脈瘤は評価される。以下のような臨床的分類が用いられる:
グレード | 特徴 |
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グレードI | 努力性(バルサルバ法)でのみ触知可能 |
グレードII | 安静時に触知できるが、視認は困難 |
グレードIII | 安静時に明らかに視認可能 |
グレードが高いほど、症状が強くなる傾向があり、不妊リスクも高まる。
8. 症状の緩和と生活指導
軽度の場合、以下のような生活指導によって症状の緩和が期待できる:
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長時間の立位の回避
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陰嚢サポーターの使用
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睡眠時の体位調整(仰向け姿勢)
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適度な運動と体重管理
これにより、陰嚢内の血流うっ滞が軽減され、痛みや重だるさの軽減に寄与する。
結論
精索静脈瘤はしばしば軽視されがちな疾患であるが、症状の進行とともに男性の生活の質(QOL)や生殖能力に重大な影響を及ぼす可能性がある。症状が曖昧であっても、陰嚢の不快感、不妊、不安などの訴えがある場合には、専門医の評価を受けることが重要である。早期発見と適切な管理によって、精巣機能の維持と精神的安寧が確保される可能性が高い。
参考文献
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World Health Organization. Manual for the Standardized Investigation, Diagnosis and Management of the Infertile Male. Geneva: WHO; 2021.
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日本泌尿器科学会. 男性不妊症診療ガイドライン(2023年改訂版).
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Sigman M, Jarow JP. “Male infertility.” Campbell-Walsh Urology. 12th ed. Elsevier, 2020.
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Ishikawa T. “Clinical characteristics of varicocele in adolescent boys: Findings and implications.” Int J Urol. 2019;26(5):456-463.