肝硬変(かんこうへん)は、肝臓の慢性的な疾患であり、正常な肝細胞が徐々に瘢痕(はんこん)組織に置き換わり、肝機能が低下していく進行性の病態である。この病気は多くの場合、長年にわたる肝臓への慢性的なダメージの結果として発症する。主な原因には、慢性肝炎ウイルス(B型、C型)、アルコール性肝障害、非アルコール性脂肪性肝疾患、自己免疫性肝炎、胆汁うっ滞性疾患などがある。本稿では、肝硬変に特有の症状とその病態生理学的背景について、詳細かつ包括的に考察する。
初期症状(代償性肝硬変)
肝硬変は初期段階では無症状であることが多く、これは「代償性肝硬変」と呼ばれる段階である。この段階では、肝臓の損傷が進んでいても、まだ残された正常肝組織によって肝機能がある程度維持されている。
-
疲労感(全身倦怠感):慢性的なエネルギー不足により、持続的な疲労を感じることが多い。
-
食欲不振:代謝異常や消化機能の低下により、食欲が減退する。
-
体重減少:食欲の低下や代謝の異常により、徐々に体重が減っていく。
-
右上腹部の違和感:肝臓の腫大により、肝臓のある右上腹部に鈍い痛みや圧迫感を感じることがある。
-
吐き気や消化不良:胆汁分泌の異常や腸内環境の変化により、消化器症状が現れる。
これらの初期症状は非特異的であり、他の疾患と区別が難しいため、診断が遅れることも多い。
進行症状(非代償性肝硬変)
肝硬変が進行すると、「非代償性肝硬変」と呼ばれる状態になり、肝臓の機能が明確に低下し、さまざまな合併症が現れる。以下に代表的な症状を詳述する。
1. 黄疸(おうだん)
黄疸はビリルビンという物質が血液中に蓄積することによって起こり、皮膚や白目が黄色く変色する。
-
病態生理:肝臓がビリルビンを適切に代謝・排泄できなくなることで発症。
-
関連症状:尿が濃くなる(茶色)、便が白っぽくなる、皮膚のかゆみ。
2. 腹水(ふくすい)
腹腔内に異常な量の液体がたまる状態で、進行肝硬変の主要な兆候のひとつである。
-
病態生理:門脈圧亢進やアルブミン低下、ナトリウムと水の貯留により腹水が形成される。
-
臨床所見:腹部の膨満感、呼吸困難(横隔膜圧迫)、下肢浮腫。
3. 下肢浮腫
足首やすねなどにむくみが見られる。
-
原因:アルブミン合成能の低下による血漿膠質浸透圧の低下、腎臓でのナトリウム・水の再吸収亢進。
4. 出血傾向
小さな傷や内出血でも止血が困難になる。
-
理由:肝臓での凝固因子合成の低下、血小板減少(脾腫による血小板の貯留)。
5. クモ状血管腫と手掌紅斑
皮膚に見られる毛細血管拡張の一種で、肝硬変の特徴的な身体所見。
-
メカニズム:エストロゲンの代謝障害による血管拡張反応。
6. 女性化現象(男性における)
乳房の発達(女性化乳房)、陰毛の減少、精巣の萎縮。
-
背景:肝臓でのホルモン代謝の障害により、エストロゲンが相対的に優位になる。
7. 意識障害(肝性脳症)
重篤な神経学的合併症であり、進行肝硬変の末期に見られることが多い。
-
症状:性格変化、混乱、昏睡。
-
病態生理:血中アンモニアの蓄積や神経伝達物質の異常。
門脈圧亢進に伴う症状と合併症
肝硬変により門脈圧が上昇し、その結果として以下のような深刻な症状が出現する。
食道静脈瘤(しょくどうじょうみゃくりゅう)
-
特徴:破裂すると大量出血し、生命を脅かす。
-
症状:吐血、黒色便、立ちくらみ、失神。
胃静脈瘤・直腸静脈瘤
同様に破裂出血のリスクがある。内視鏡的治療や薬物療法が必要となる場合がある。
脾腫(ひしゅ)と血球減少
脾臓が腫大し、血小板・白血球・赤血球が破壊されやすくなる。
精神神経症状と栄養障害
肝硬変の進行により、以下のような精神神経的な症状が出ることがある。
-
集中力の低下
-
昼夜逆転
-
意識レベルの変動
-
小脳症状(不安定な歩行、震え)
また、栄養障害も深刻な問題となる。肝硬変患者の多くはエネルギー不足、タンパク質・ビタミン欠乏を呈している。
表:肝硬変の主な症状と原因別の特徴
| 症状 | アルコール性肝硬変 | ウイルス性肝硬変 | 非アルコール性脂肪性肝疾患 |
|---|---|---|---|
| 疲労感 | ○ | ○ | ○ |
| 黄疸 | △(進行例) | ○ | ○ |
| 腹水 | ○ | ○ | ○ |
| 意識障害(脳症) | ○ | ○ | △ |
| 手掌紅斑・クモ状血管腫 | ○ | ○ | △ |
| 食道静脈瘤出血 | ○ | ○ | △ |
診断と検査
肝硬変の診断には以下のような検査が必要である。
-
血液検査:AST、ALT、ビリルビン、アルブミン、PT-INR、アンモニア値。
-
画像検査:腹部超音波、CT、MRI。
-
内視鏡検査:食道静脈瘤の評価。
-
肝生検:病理組織学的診断の確定に用いられる。
予後と生活への影響
肝硬変は進行性であり、放置すると肝不全や肝細胞癌(HCC)に至る可能性がある。予後はChild-Pugh分類やMELDスコアなどにより評価される。
-
生活の質の低下:食事制限、薬物療法、入院治療などが必要になる。
-
社会的・心理的影響:就労困難、うつ症状、介護負担の増加。
結論
肝硬変は肝臓の構造的・機能的破綻をきたす重篤な慢性疾患であり、早期の診断と適切な治療が患者の予後を大きく左右する。症状は初期には非特異的だが、進行すると全身に多様な影響を及ぼし、生命を脅かす合併症を引き起こ
